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2008.07.10 (Thu)

「回想の山々」から、登山の文化史

回想の山々、桑原武夫

この本は、古いかなづかいにもかかわらず、なかなか興味深い内容を含んでいた。
まず、読んで面白い。 そして、古いけれど今なお新しい。 
さすがは、京都碩学といわれる一人、桑原武夫であると思う。
私は、ほんの聞きかじりの範囲ではあるが、この時代の、いわゆる京都学派といわれる学者たちに
昔からとても感服している。 同じころの、西堀栄三郎、今西錦司、貝塚茂樹、湯川秀樹、、、、いずれの学者も珠玉のように輝いているように思われる。 学者としての人間像、生まれと育ちの良さ、深い教養やその叡智と学問に、あこがれと尊敬を持っている。 今のようなだれもかれもが大学卒というのじゃなくて、当時の限られた、しかも最高学府の学問をうけた、いわゆる本当のエリートである。 
そしていずれの人も、山と親しみ、向き合う岳人であった。

登山の文化史、という項目がある。
登山とは、、と人間と山との対峙の仕方から、西洋と東洋、そしてわが日本について追求していく。
それによると、登山とは文明人のみ為す、文化的行為であるという。
文化のないところには登山はない。しかし、文化のあるところに登山が必ずあるともいえない。
今は知らないが 少なくともこの時代までは、古代エジプト、ペルシャ、インドなどでは文化ほどには
いっこうに登山は発達しなかつた。 それは、それぞれの地域によって、その文化によって、山にたいする態度が違うからだと言う。

日本など東洋では、信仰という要素がはいってくる。中国では、山が不老不死の神が棲むところであると同時に、山岳そのものが人間のように生きている、つまり生きた神であると信じられてきた。
特に 中国には五岳というのがありおおいに尊敬されているという。、そのうちの東岳にあたる泰山は、どっしり安定した形で、
「安きこと、泰山の如し」 ということから、「安泰」という語が出来たことは、私も知っている。
日本の富士山などもそうである。 実際に登っては信仰し、また遠くで眺めても、人は山に関心をおおいに寄せてきた。 野口英世には磐梯山があったように。

西洋ではこのような対象の山が少ないばかりか、逆に龍や悪魔の棲家と考えられていたようだ。
だから、登山が発達しても 「征服」という言葉が出てくる。
ヨーロッパの登山技術などがはいってくると、日本人は急速に受け入れ自分のものにして、海外までもその実践力を発揮するわけであるが、これは、政治的に安定していた江戸時代にすでにその地盤が出来ていたものと考えられるという。
また、万葉集の時代に 登高の意志は全くなくとも、山への観察、清純な感情、なつかしむ精神など、他国の文学にはまったくないものであるという。 日本は古から素晴らしい感受性を持ち合わせているという。

登山道の花A

いずれにしても、桑原武夫のいう登山とは、先日の私のような行動のものではない。
私の場合は 登山ではなく、ハイキングをするハイカーなのであった。
コースもすべて予定されていて、人に連れられ聞いての登山であり、地図と磁石のみを持って自分の判断で突き進むところの当時のような登山とは、全く意味合いが違う。
ヨーロッパでも昔は登山は王侯貴族のものであった。 この昭和の初めの時代もしかり。
当時の登山はごく少数の限られた人のものであったと思う。 多くの一般の人は生活するだけで精一杯だったはずだ。 登山は、一部の限られた人のみに許された、高等な趣味としてのものだったかもしれない。
ヨーロッパでも日本でも、市民社会に近代登山が起こり、現在の私のような多くの一般人が山に登るようになった歴史や社会的背景など、するどく考察していて、なるほどと思った。
登山家、ハイカー、いずれの人でも 登山をする人は いちどは読んでみたい本であると思う。 職人K

登山道の花B


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