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2007.07.06 (Fri)

別れのとき  [大和魂なる人]小林秀雄

辞世の歌についてから始まる、小林秀雄の講演より

宣長さん[本居宣長のこと]の先生は 契沖という人です。
宣長さんが京都にいたとき 契沖の[勢語臆断]を読んで、
在原業平の歌、業平の死ぬ前に詠んだ歌、

「 つひに行く 道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは おもはざりしを 」

という歌です。 人間というものは 生きているうちはウソをついたり、つまらないことを言ったりしても仕方ないが 死ぬ前くらいは 本当のことを言え、 ところが 茶を飲むやつは皆 辞世の句とかいって 死ぬ前に歌をつくって悟りがましいことを言って死ぬんだ、いつわりをあらわして死んでいく、ってんです。 そして この歌は大変いい歌だといって 書いてあるのを 宣長さんが読んで感動したっていうんです。 青年時代にね。 晩年に[玉勝間]に思い出して書いているんです。
その時、契沖のことを [大和魂なる人]と呼んでいます。
そして こういう歌が 実にいい歌だ、と思うような人が 大和魂のある人というんです。
こういう歌はね、君、おわかりでしょう? 読んで字のとおりです。
これはひとつの悟りですよね。 それで 人間のまことですよね。
また 人間、ただ、まことを言っただけじゃないですよ。
これはひとつの悟りです。 ユーモアさえあるでしょ。 笑いさえありますよ。
それで 苦痛はないね。 これは悲しい歌じゃないですよ。 
これはやはり自分の死ぬことに勝った人の歌です。 死ぬ事が何でもなくなった人の歌です。
しかも この表現はだな、ちっともえらそうなところがないでしょう?
こういう歌が書けるということ、大和魂がある人でないと書けないんです、と、そう言ったんです。
そうするとね、、、、、

   と、 昨日 こんなところを思いだしました。

                                                  職人K
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