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2008.01.10 (Thu)

熊谷守一の作品から

熊谷守一[1880-1977]は明治、大正、昭和を生き抜き、近代日本洋画界で独自の画風を築く。
裕福な、しかし複雑な家庭に育つ。のちに家の没落にあう。
東京美術学校[現東京芸大]卒。同級に青木繁。

独特の画風がある。とことんつきつめたような、単純で、洗練された、そのフォルム、いつ見ても 今なお 斬新で あかぬけたセンスは、多くのファンを魅了させる。

20080108233456.jpg
水滴、1961

熊谷守一 蟻の絵
赤蟻、1971
地面に頬杖つきながら 蟻の歩き方を幾年も見ていてわかったんですが、蟻は左の2番目の足から歩き出すんです。1976

こういう時、蟻の観察の時などに、あの外科医のようなメガネをかけたのだろうか、と思う。
また、熊谷の書もすばらしいと思う。 或る人は 良寛の書のようだ、と絶賛する。
私は そこのところはよくわからないが、味があって とてもいいと思う。好きだ。
雨滴
雨滴、1977

熊谷守一について、専門家ではないから くわしくは知らないし、よくわからないが、
熊谷自身の言葉を聞いてみると、何となく その像が 目にうかんでくる。
そして 熊谷自身の言葉をかりて言えば、熊谷守一の絵は どこにあっても 熊谷守一だ、と思う。
職人K

【More・・・】

熊谷守一のことば、から

紙でもキャンパスでも何も書かない白いままがいちばん美しい。1975、

なくなった坂本繁二郎さんは、若いころから 名誉とか金とかには、全く関心のない人でしたが、いい絵を一生懸命に描かなければならないという感じは持っていたようです。しかし、私は名誉や金はおろか、[ぜひすばらしい芸術を描こう]などという気持ちもしないのだから、本当に不心得なのです。
1971

二科の研究所の書生さんに[どうしたらいい絵が描けるか]と聞かれたときなど、私は
[自分を生かす自然な絵をかけばいい]と答えていました。下品な人は下品な絵をかきなさい、ばかな人はばかな絵をかきなさい、下手な人は下手な絵をかきなさい、と、そう言っていました。結局、絵などは自分を出して自分を生かすしかないのだと思います。自分にないものを何とかしようとしても、ロクなことにはなりません。だから私は下手な絵も認めよ、と言っていました。

好きな絵も、尊敬する絵描きもいませんが、ピカソは好きなほうです。ピカソの絵はどこにあってもピカソだからです。

川には川に合った生きものが住む。上流には上流の、下流には下流の生きものがいる。
自分の分際を忘れるより、自分の分際を守って生きた方が、世の中によいと私は思うのです。
いくら時代が進んだっていっても、結局、自分自身を失っては何にもなりません。
自分にできないことを、世の中に合わせたってどうしようもない。川に落ちて流されるのと同じことで 何にもならない。1976

わたしは、ぬけたような青空は好みません。まるで おわんでふたをされた感じで、窮屈です。それより少し薄曇りの空がいい。そんな日の方が庭に出ても、気楽に遊べるような気がするのです。人の好みって変なものですね。
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