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2007.11.14 (Wed)

岐阜県可児市へ  豊蔵資料館 Ⅱ

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 荒川豊蔵作、随縁

 荒川豊蔵の作品の中で [随縁]という銘の作品がある。
昭和5年に大萱の古窯跡で偶然発見したのと同じ筍絵の模様をあしらった志野茶碗だ。
妻、志づに送られたものだという。誰にも譲ることのないように、との遺言であったという。
それほど 豊蔵の深い思い入れのある作品である。とても上品で 美しい作品だ。
 そもそも窯跡で偶然 筍の絵の陶片に出会う以前に 豊蔵は 名古屋の 関戸家所蔵品の中の茶碗でこの絵に出会っている。その出会いの縁、そして再び陶片の同じ絵模様に出会う、不思議な縁、また その窯跡を開いたのは母方の先祖であったという、度重なる縁、この縁に随って 自分の芸術的表現の追及のみならず かつての桃山陶の志野を 現代によみがえらすことが出来たのだ、と豊蔵は語っている。
随縁、この縁に随っての 桃山陶の再興こそが 自分にかせられた歴史的使命であると考えたにちがいない。そしてそれには多くの人の協力、とりわけ 妻、志づのささえがあったからこそ、という。

ところで この地一帯には 多治見地方であるが 五斗巻土[ごとまきつち]という、吸水性があり また焼き縮みの少ない良質の陶土があるということだ。 何年か前に そのむき出しとなった、大きな陶土の層の山を見た事がある。 車で走っていたら ごとまき峠という名の標識もあった。さらに もぐさ土というすぐれた陶土もあるらしい。
これらの条件がまた 桃山陶を産み出した一つの条件でもある。焼き物の産地には 当然そこには良質の土がある。
 荒川豊蔵と並んで ライバルであると言っていいと思うが 同じく桃山陶の再興に情熱をもやした、加藤唐九郎によると 遠く山々の稜線、形を見ただけで そこにすぐれた陶土があるかないかわかってしまうとのことだ。また 実際土を口にして食べてみたりしている。その自伝、[土の炎の伝説]、を読んでみると あまりの研究熱心さ、勉強ぶり、努力の積み重ねにはおどろいてしまう。すべて独学の積み重ねである。荒川豊蔵とてしかり、だと思われる。何事もすぐれたものを産み出し、また高いところへ到達するという背後には それくらいのものがなければ何事も出来やしないということをあらためて思う。

 資料館をあとにして知人の家に向かうはずだったが 時間が十分ないというのに どうしても会わせたい人がある、と知人が言う。 いつになく強引であった。 私たちはまた 私たちの縁にしたがって そこをたずねることにした。 桃山陶のひとつ、黄瀬戸を現在とりくんでいる作家のお宅であった。  職人K

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 黄瀬戸の茶碗、現代
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