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2007.11.13 (Tue)

岐阜県可児市へ  豊蔵資料館 Ⅰ

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岐阜県可児市久々利大萱というところに 豊蔵資料館というのがある。
加藤唐九郎と並んで、陶芸界の巨匠、人間国宝の荒川豊蔵の作品を所蔵、展示公開している資料館である。 
 荒川豊蔵[1894-1985]
大萱の古窯跡で偶然、桃山陶の志野の筍絵の陶片を発見、それを運命的な随縁として考え、以後 美濃地方を発掘調査し 桃山陶が美濃地方で焼かれた事を明らかにし、桃山陶の再興に生涯をささげた。
 年に一回、陶片などを出してきて一般の人に説明、実際に触れたりして見ることの出来る、また本物の豊蔵のお茶碗でもって お茶とお菓子でもてなしを受けることの出来る日が 年に一回ある。
そして 私たちにいつもその日の案内をしてくださる人がある。
ちょうど出かけねばならない用事もあり、今回もその日にあわせて 可児市へ出かけた。
 日本の陶器について語るとき、また それを勉強する人にとって
安土桃山時代に焼かれた、いわゆる桃山陶というのは だれもがたどり着く、またあこがれる、陶芸の世界の 一つの高峰、その頂点であると言っていいと思う。

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  桃山陶の黄瀬戸の陶片

【More・・・】

 日本において 古代より中国大陸や朝鮮半島の影響がとても大きく現れているこれまでの陶器から一変して 桃山時代になると 今までの形、文様、釉薬とは大きく異なる陶器が出てくる。16世紀後半に大窯で焼かれた 志野、瀬戸黒、黄瀬戸であり そのあとの 半連房式登り窯で焼かれた織部である。それらを総称して 桃山陶という。
 まったくの門前の小僧、式であるが 身近に陶芸に親しむ人がいると おのずといろいろな知識、また情報がはいってくるものである。いつの間にか 自分までもが興味のわくところとなってしまった。
 研究会の案内を下さる人は 福井にも縁のある人で 豊蔵本人とも一時代をともにし、小さな時から にいちゃん、と呼ばれた人だ。
そして 豊蔵の作品とともに 桃山陶の中の 黄瀬戸、に魅せられた人の一人である。
今回は 特別に 桃山時代のそれを見せていただいた。
それによると 桃山のものには 今いくらがんばってみてもなかなか近づくことが困難だという。
一生をかけてやってみても その色、肌つや、同じものはとてもできるものでないということ。
所帯をつぶしてしまうのでは、ということだった。
しかしながら もと理系の分野の出身らしく その釉薬となる灰が 何の木によるものの灰であるのか、ご自身の積み重なる研究の成果からほぼつかまれたようである。
自身も黄瀬戸の器を焼きながら 80歳を超えてなお まさに黄瀬戸の魅力の中で生きておられるようであった。

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 桃山陶の黄瀬戸の器

可児市の山合いのところにゴルフ場があるけれど そのコースが 黄瀬戸コース、織部コース、志野コースという名前がつけられた案内の看板が出ていたのには さすが土地柄だと拍手を送りたい気持ちになった。 職人K
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