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2014.09.29 (Mon)

梅原猛氏講演会に行く 

                     梅原氏1

昨日、哲学者、梅原猛氏の講演会に参加してきた。
梅原氏は御歳90歳、御高齢にもかかわらず、
泰澄と越前の国との深いつながりの御縁にひきつられて、
今回もまたこうして足を運んで下さったのだという。
(前回は、世阿弥についてのお話があった。)

題名は、「新しい人類の哲学、現代文明の在り方を問う」。
大変素晴らしい内容だった。 
梅原猛は西洋文明の限界を感じ、日本の思想の中に、
この先の文明に必要な思想が潜在しているのではないかと思い、40歳のころ、
西洋哲学の研究者から日本文化の研究者に転身。
そして40年にも及ぶ研究の結果、日本文化の中心思想を、
「草木国土悉皆成仏、そうもくこくどしっかいじょうぶつ」という思想、
つまり、草木や国土のように心をもたないものでさえ、ことごとく仏性があるから成仏するという、
天台本覚思想の中にそれを見出したのだという。

近代西洋哲学は、理性的あるいは非理性的な人間中心主義を免れない。
このような哲学によって支配される世界は、人類にとっては良き世界かもしれないが、
人類以外の動植物にとっては、はなはだ過酷な世界であった。
どれほど多くの動植物が、
この人間中心主義の哲学に導かれた科学技術文明によって絶滅しただろうか。
そのような人間以外の動植物の絶滅は、つまるところ、人間の存続をも脅かす。
梅原氏によると、このままでは1000~1200年のうちに人類は滅んでしまうのでは、という。
今こそ求められるのは、そのような自然支配の哲学ではなく、
これからの時代は、自然との共生を原理とする哲学によらねばならないとのこと。
巷で当たり前によく言われていることのようながら、
大哲学者の強いお墨付きを得たような気持になって、うれしかった。

昔開いた本の中に興味深い一文があった。 1993年刊であるから今から20年前のもの。
文明を基礎づけるものは哲学。
ひとたび禁断の果を食った人間には、かかる苦悩のあるのも已むを得ぬことであらう。
(西田幾多郎、「善の研究」の序文の言葉である)

  私は旧制高等学校の時に「善の研究」のこの序文の言葉に出会い、
  西田の如く哲理を考えるべく罰せられた生活を一生の生活にしようと思い、
  西田の学風の残る京都大学哲学科に学んだ。
  しかし既に西田は死んでいて、直接、西田の謦咳に接することは出来なかった。
  しかし、京大で学ぶうちに西田を神の如く尊敬し、
  その一字一句を自分の言葉として語る師友に飽き足らず、
  入学してまもなく「我々は西田の声帯模写をすべきではなく、西田の如く真剣な思索をして、
  しかも西田と全く異なる独創的な哲学を作るべきだ」と豪語し、師友の顰蹙(ひんしゅく)を買った。

  あれから四十数年、私はまだ西田の如く哲学を作っていない。
  西田の哲学の根源に禅の体験があり、
  そこから彼はデカルトをはじめとする近代西欧の哲学を批判した訳であるが、
  私は幸いにアイヌの思想によって「循環」という宇宙の根本原理を知った。
  その原理を中心に、21世紀に生きる人類の哲学を立てたいと思うが、
  もうそう時間が残されていないのである。                    1993年
   

この時梅原氏70歳。
このたびの講演は、20年前に、まだ出てはいなかった、まさにその答えであると思った。
本題のために、日本文化を長きにわたって研究、
御歳90にして、辿りつかれた本題の哲学思想、、
その研究の成果ともいうべき梅原哲学を、しっかりと受け止めたいと私は思った。
                                                  、、、職人K
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2014.09.19 (Fri)

ラインの美しさ

、、、
   線の面白さ

    このたび出来上がりました特注の丸メガネは、
    シンプルなラインの美しさが強調されたメガネとなりました。
      → → →  「辻岡正美、丸メガネを作る」 を どうぞ!!

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2014.09.16 (Tue)

秋色でオシャレに!

、、、、
    栗と栗板のお盆
    
     秋の味覚、栗をたくさん頂きました。 m(__)m
     季節は、もうすっかり秋なんですね。
     夏はどんどん遠ざかってゆきます。

     御愛用のメガネ、夏の疲れで少し色あせていませんか?
     いつも一緒のメガネも、秋色にバージョンアップ!
     この季節こそ、オシャレなセル巻きめがねはいかがですか?
     ブラウンデミのお洒落な色合いが、
     秋の気分を演出してくれますよ!!

     栗とセル巻やじろべえ

     栗の色をメガネにふんだんに取り込んで、、、
     栗のように、はずむココロで街へ繰り(クリ)出しましょう!!

     セル巻のやじろべえ、栗

     やじろべえタイプ?  (サイズ展開は34、37、39、42、44ミリ)  (写真/34ミリ)

     セル巻classicと栗

     それとも、従来型のテンプル、細リムclassicで? 
                   (サイズ展開は、38、40、42ミリ) (写真は40ミリ)

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2014.09.04 (Thu)

朋有り遠方より来る、亦楽しからずや

、、、、    
   美濃とやじろべえ
      
   岐阜よりお二人

    遠方より、やじろべえメガネのお二人がお立ち寄り下さいました。
    やじろべえメガネの、長らくの御愛用、まことに有難うございます。。

    よもやま話に加えて、歴史に、文学、音楽、、と
    いつも、何かと いろいろ刺激を頂戴しております。
    このたびお教えいただいたのは、カナダにちなんだ楽曲。

    

    カナダの吟遊詩人というふれこみでデビューしたのは、もう45年以上昔のことです。
    当時、大学生であった私は、ひょんなことから彼を知りました。
    PP&Mが歌ってヒットした「Early Morning Rain」の作詞作曲者が実は彼であったのです。
    しかも彼は当時からカナダのシンガーソングライターとして、
    カナダではボブ・ディランと比較されるほど 名の通っていた人物でした。
    さっそく彼のレコードを1枚求めたことは言うまでもありません。
    レコードから流れてくる曲は、
    いずれも森と氷雪に閉ざされた広大なカナダの大地を思わせるに十分でした。
    彼の知性的な歌声にしびれました。
    彼の曲で気にいっているものはたくさんあります。
    とりあえず大好きな一つを。
    「Song For A Winter's Night(邦題 冬の夜の歌)」です。
    「テーブルのランプの炎はほの暗くゆらぎ、窓の外は静かに雪が降り積もっている…」

                                              (U氏より)
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2014.09.03 (Wed)

オクタゴンめがね

オクタゴン1

久々に、細リムのtomorrow classic 、オクタゴンめがねです。
今回は、特に、こげ茶色での指定。
イチヤマタイプではなくて、鼻パッドタイプです。
テンプルの先セルには、可愛らしいメガネマークを入れてみました。

オクタゴン3

もう一方のほうにも、メガネマークを。

                        オクタゴン、メガネマーク

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2014.09.01 (Mon)

今日から9月

檜扇

今日から9月。
夏の花、ヒオウギ(檜扇)の残り花が街路樹の下に咲いているのを見つけました。
めずらしいです。 この花の名前の由来は、花そのものではなくて、
扇状に広がる葉っぱの部分が、ヒノキの板で作った扇、すなわち檜扇のようだからです。
花の終わったあとは、中の黒い粒が入っていて、これが「ぬばたま」と呼ばれ、
万葉集にも登場する枕詞(まくらことば)の「ぬばたまの」に使われたようです。
「黒」や「夜」をイメージする言葉につながります。
悪霊除け、厄払いの意味をもつ飾り物として、京都祇園祭には欠かせない花のようです。

  ヒオウギの葉    檜扇

昔からこの花を知っていますが、派手な西洋花に押されてか、
最近はあまり見かけなくなりました。
いずれにしても、末広がりの扇のイメージするところの八月は、
アッという間に、足早に過ぎ去っていきました。
このところ、急激に気温も下がってきましたが、
この残り花のごとく、まだ 暑い日もポツポツとありましょう。
それが終われば、一気に本格的な秋がやってきそうです。
何かとセンチメンタルな気分になる季節ですが、
太陽の光を浴びてしっかり最後まで咲き開く、この花のごとく、
元気出していきたいものです。

   秋は何かともの悲しい季節。。。
  

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