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2011.12.17 (Sat)

ある朝の風景

                                                         、
         ある朝の風景

         雨雪の混じる冷たい北陸の空模様でも、
         夜明けの頃、ほんの一瞬、虹色の光が見えることがあります。
         美しい夜明けを眺める時には、本当にうれしくなるものです。

         今年も残り少なくなりました。
         来年は、このような、希望の光のさす年となりますように。
         いつも、こちらの、つたないブログをご覧いただきまして
         本当に有難うございました。  深く感謝申し上げます。
         しばらくの間、ブログの更新を休ませていただきます。

         皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。
                                           、、、職人K

      
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2011.12.14 (Wed)

報恩講の日

                          障子戸
                                     座敷に灯りのともる日

暮れも押し迫った先日、
年に一度の報恩講の日が無事終わった。
ずっと昔は、親戚の人にも来てもらい、お寺のごえんさんと一緒に食事を囲むのが習わしだったが、
今はずっと簡素になって 家族のみ、平日の夜に、お経をいただくことになっている。
それでも、
年に一回、皆が一同に集まり、先祖に思いをはせてお経を唱えおつとめをする、、
そんな当たり前のようなことを、今年も無事に迎えられることの有難さを実感する。
一年365日、一日一日がアッという間に過ぎていくが、
一年過ぎてみると、それでも結構にいろいろなことがある。
今年は、特にそう思う一年だった。
とりたてて いいことがなくても、平穏無事でいられることがどれだけ有難いことか、
自分自身だけでなく、
まわりを見回しても、そう思うことがあまりに多すぎる。

今年は、年老いた両親のことでもずいぶん心配することがあった。
また、つい先日は、大学時代の恩師の訃報を聞いた。
京都へ出かけた時には、もう一度、、と思っているうちにすぐに2、3年が過ぎてしまった。
お元気でおられるものと思っていたのに、、
とてもショックだった。
ずいぶん前に、職人Mが同席して、たまたま撮った写真を、
「我ながら、良い歳のとり方、いい顔をしているわい、、」と、
素直に喜んで下さった言葉が忘れられない。
退官されてからも、変わらずの読書家で、
いつも世の中を憂えておられた。
世の中の、社会の裏に隠された真実をいつも鋭く見ておられた。
突然の訃報は、遠くにいながらも、スーッと力が抜けるような思いがした。
今年3月の大震災や原発事故にココロを痛めながらも、
御自身まで旅立たれることになろうとは、、と思うと、つらく哀しい。

明日はないものと思って、
今日一日を精一杯生きる、、なかなか出来ないことだと思うが、
シンプルで、潔い言葉がとても新鮮に響いた日だった。

                                     、、、職人K
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2011.12.11 (Sun)

サスティナブルなライフスタイル

                 サスティナブルなライフスタイル


このほど、私たちの目指すべき21世紀型の未来社会ともいうべき、
サスティナブルなライフスタイルを具体的に絵で描いたもの(絵巻物)を手にした。
とてもよく出来ている。
一口で言えば、ロハス的な生活スタイルだと思うが、
一個人だけでなく、社会全体がそういうシステムとなっている。
これは、かつて小さな子どもの時に、
クルマや飛行機など便利な乗り物にあふれ、またテレビ電話など一般家庭で使っていて、
通信など発達した便利な未来社会を描いてあった図録をめくった時のような、ドキドキ感がある。
あの時、誰が今のケイタイ電話なるものが実現すると思っただろうか。
そこに描かれている未来図は、夢のまた夢のものもあった。
しかしながら30~40年経ってみると、
実際に多くのものが現実のものとなった。
決して夢物語ではなかったのである。
その一方で、絵には出てないところの変化、後退するものも大きく進んだ。

今、そのころの未来図を見ても、何も新鮮味がないだろう。
それどころか、その図からはもう夢を見ることが出来ない。
行き過ぎてしまったことへの後悔、
むしろ昔のほうが良かったわね、、という思いもわいてくるかもしれない。
若者でさえ、職にあふれる人が多く出てきた社会、
正直言って、どうして良いのかわからない、というのが本音だと思う。
日本だけでなく、世界中が同じようなことになっている。
どのようにしたら良いのだろうか。
私たちには、単に昔に戻るだけではなく、全く新しいシステムの未来社会が必要だ。
「へぇー、、そんな社会がホントに実現するかしら、、」というような、
もう一度、あこがれにも近い未来理想図を持たなければならないと思う。

識者は、それをしなければならないし、また日本にはそれが出来るという。
例えば、日本の歴史を振り返るなら、昔の江戸という巨大都市、
当時100万人の人口にて、今でいう化石燃料を全く使わずに運営されていたという事実がある。
それでいて高い文化を育み、それだけの人が食べて生活を維持出来ていた。
これは、世界でも例がないという。
当時よりも、格段に科学技術が進歩した今、やってやれないことはないはずだという。
そんな社会を実現して、世界にお手本を示し、人々に希望を持たせなければならない。
サスティナブルなライフスタイルを実現してこそ、未来は続くと思う。
食料から、エネルギー、各分野にわたる提案は15ページにも及び、
最後にある、サスティナブルな社会にふさわしい考え方を表わす言葉まで書いてあった。
 例を上げるなら、
   三方よし、 お互いさま、 清貧、 もったいない、 ありがたい、 吾唯知足、
   過ぎたるはなお及ばざるがごとし、 持ちつ持たれつ、 いき、 自利利他、
   腹八分、 いただきます、、、など、なるほどと思った。


ところで、うちの丸メガネ、TOMORROW CLASSICも、
サスティナブルなライフスタイルにぴったり合うのではないだろうか?  (^^ゞ

                                    、、、職人K

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2011.12.10 (Sat)

サスティナビリティという言葉

                              サスティナブルな、、

最近、とみに耳にするようになった、「サスティナビリティ」という言葉。
英語では、 sustainability 、
「持続可能な」 「ずっと保ち続けることが出来る」 という意味であるという。
今ごろになって、突然出てきた言葉かと思ったら、何と、
良く知っている言葉「ロハス」 のSであるという。
ロハスは、LOHAS、つまり、
ifestyles f ealth nd ustainability となる。
なぁーんだ、そうだったのか、、と納得。
この、ちょっと難しい、それでいてリズミカルな響きの、この言葉を一度覚えたら、
今、何故か この言葉がこびりついて 頭から離れない。

今、私たちを悩ませている多くのいろんな問題を考えるにつけ、
この「サスティナビリティ=持続可能な」という事柄、条件は、
私たちのこれからの社会を考える上で、とても大きな、重要な判断基準になると思う。
持続可能でないものは、NO!ということになる。
巨大マネーを産み出すデリバティブ型金融システムは?
維持管理に何十年、何百年もかかり、
一度何か起こったら人間の手に負えない、どうしようもないもの、また、
危険な廃棄物を産み出し、処理する施設がない原子力発電は?
開発の名のもとに、どんどん進められる経済優先策は?
すべて NO!だと思う。

つい最近、地球の人口は70億を突破した。
今から30年前、ちょうど1980年頃にはまだ40億の人口だったという。
ショックだった。 ついこの前から、1.5倍以上になっている。
このままいけば、近いうちに、すぐにもう100億となるはず。
こんな状況の中で、今までどおりのやり方では全く通用しない。
地球は終わりとなってしまう。
「経済成長」、だれもが、いつまでも、永遠に出来るはずがない。
今日のような金融資本主義、グローバル経済、市場原理主義では、
ちっとも持続可能な社会とはならない。 みんなが食べていくことが出来ない。

世界中がいっせいに混乱へと進んでいく中で、
その先にある、新しい社会、新しいライフスタイルを、みんなが各自模索しながら、
思い描いてみるべき時代がきていると思う。
「サスティナビリティ」、、とても重要なことであると思う。
                                  、、、職人K

            サスティナブルなライフスタイル
                     未来は、サスティナプルなライフスタイルを

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2011.12.09 (Fri)

初雪を観測

黄色のいちぢくの葉

落葉、いちぢく

今朝は、今年一番の冷え込み、冷たい雨の朝となった。
雨と一緒に、白いものも ついに降ってきた。
今日は、北陸だけでなく、全国各地で初雪が観測されたという。
我が家の植物園?の一角にあるイチヂクの木、
つい昨日まで、何とかついていた大きな黄色の葉も、
あと数枚を残して、ほとんどが落ちてしまった。
季節はずれ、残っている実もまた、冷たい雨に打たれて、何か哀しい。

「今日は、日野山も雪化粧となったさ!」と、
外から戻った職人Mに見せてもらったのは、先日見たばかりの日野山の姿だった。

雪化粧の日野山
                  うっすら雪化粧の日野山

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2011.12.06 (Tue)

今日の日野山

              今日の日野山
                    越前富士と称される、日野山(795m)

比較的穏やかな天候の今日、福井市から戻る道中にて、遠く日野山が望めた。
一歩下がって距離を置いて見るほうが、この山の全容はよくわかる。
コニーデ型の、本当に美しい形だと思う。 安定感があって、ホッとココロが休まる。
山頂にまだ雪はない。 週末からは雪の降る冬型の天侯と予報で聞いている。
やがて白化粧の日野山となる日も近いようだ。
何かと気ぜわしい師走の12月、
昔の記憶をたどってみれば、この時季には、
なぜかいつも、しみじみとこの山を眺めている日があるようだ。 (^^ゞ

                                、、、職人K
               
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2011.12.04 (Sun)

IMAGINEの風景

西山の広場by職人M
                                   (写真、職人M)

職人Mが、早朝の散歩にて、近くの西山にて撮ってきた美しい写真風景。
西山の展望台近くの高台での風景だ。
寒くなってくれば、ますます散歩の足が遠のいてしまう私だけれど、
たまに誘われたり、時間(暇)が出来て暇人(ヒマジン)となった時には、
私もここを訪れることがたまにある。

12月に入り、今年もまたやってくる日 がある。
ヒマジンの私は、美しい写真風景から、そんな日をイマジンしてみた。

     イマジンの広場
       ニューヨーク、セントラル広場にあるという、IMAGINEの礎

「WAR IS OVER !」 と強く反戦平和を訴えたジョン・レノン。
ジョンがこの世を去ってすでに30年以上経ったが、中東では 依然困難な状況は続いている。
特に現在、中東のシリアやイラン、またイスラエルでは、また新たな状況が生まれ、
戦争がいつ起こっても不思議ではない、一触即発の状態であるという。
今度戦争となったら、核やサイバー攻撃など、どんなことになるやらわからないという。
本当に恐ろしいと思う。
そんなことが起こらないようにと、ただただ祈るばかりだ。
                                       、、、職人K
EDIT  |  22:50  |  日記  |  Top↑
2011.12.03 (Sat)

クリスマスの赤

やじろべえメガネ、赤

アンティックシルバー、やじろべえ

12月の商店街は、クリスマス一色。
街の中は、赤や緑の色、キラキラ光るイルミネーションが急に増えてきました。
やじろべえメガネにも、赤い色のものを一枚作ってみました。
かわいらしいメガネになりました。
(上/アンティックシルバー、下/赤、いずれも36ミリサイズ)

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2011.12.01 (Thu)

今日から12月

  丸いのは広葉樹、割り木は杉?  薪


今日から12月。 この冬一番の冷たい北風の吹く師走の入りとなった。
仕事で取引先まで出かけたら、
道路沿いの農家の外側に、きれいに切りそろえられた薪が積み上げられていた。
このごろは、昔ながらの薪を使うところはめっきり少なくなった。
陶芸の窯焚き用なら知ってるが、ほとんどお目にかかったことがない。
それでも、今年は地震や電気不足のせいもあって、
薪用ストーブの需要も少し増えたともニュースで聞いている。
山には、薪となる木材が山ほどあるのに、ほとんど利用されずにある。
何とか、今、それを有効に活用する方法は無いものかと思っていても、
まだ具体的にそんなニュースは聞こえてはこない。
                                  薪、大

それにしても、薪がきちんと積み上げられた風景は、なつかしく、また美しい。
エイっと、ナタで割られた割り木は、木の特質が現われて、裂けたようになっている。
昔、「親」という漢字の成立した意味を調べた時のことを思い出した。
生木を裂いたように、子のすぐ傍らで見守る親とはつらいもの、、という意味だっただろうか。
勢いよく裂けた、割り木の断面を見ながら、そう思った。

この季節、多くの樹木が落葉し、ハスなどの植物も茶褐色の風景に変わる中、
凛とした深い緑の針葉樹の姿も美しい。
暑くても寒くても一年中、永遠の生命である緑色を保っている松や杉などの針葉樹に対して、
なかなかそれも大したものだと、当たり前のことだのに、あらためて気が付いた最近の私。
この樹木の緑のおかげで、私たち人間もこうして存在出来る、、
また、古来より これら針葉樹とともに、木の文化を作り上げてきた。
花粉症の原因として、何かとやっかいな存在に思われがちだが、
私たちの財産とも言うべき、この杉材をもっともっと活用する方法はないものだろうかと、
あらためて思われるこのごろだ。

                                      、、、職人K

杉木立
真っ直ぐに伸びることから、「すぐ」が「すぎ」に変化したという説がある。
                                  (美しい杉木立、越前市)
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