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2010.09.22 (Wed)

母なる稲

稲穂の実り

                             
今年のヒガンバナの開花はおそく、いろんな作物に、この夏の猛暑の影響が出ている。
大豆は不作、これからのミカンなどの果実も良くないようだ。
世界的にみても異常天候続きで、ロシアなど、小麦などは全面輸出禁止を打ち出すほど不作。
そんな中で、日本のコメだけは、豊かな実りとなった。
低温続きが心配されていたが、猛暑で一気に挽回、状況が好転したようだ。
とても有難いことだと思う。
主食のコメさえしっかりしていればと、安心していられる。
重い房が垂れ下がる黄金の実りの風景は、いつ見てもいいものだなと思う。

しかしながら、今年もまた、コメ余りの状況は変わらないという。
世界中で穀物不作が心配される中での有難い豊作。
豊作ゆえに価格も下がり、コメがだぶつく事態では、生産者も喜んでばかりいられない。
この、気持ち的にも、一見矛盾するような、
日本の農業の今の問題を解決する、良い方法はないものだろうか。
ため息をつきながら、いつもそう思う。
食料自給だけは、国家の大事な問題としながら、
それを維持するには、今、あまりに困難な問題が山のように立ちはだかる。
コメは、古来より他の農産物と違って、私たちにとって独特の大きな意義があったと思う。
日本人にとっての「コメ」について、もう一度考えてみる時期にきているのではないだろうか。

                       実りの向こうの日野山
                                 越前市にそびえる日野山(795m)


かつての司馬遼太郎が、こんなことを言っていたという。
 「経済工業の過度の進展の中で、人間はある種の文明疲労を感じ始めている。
  人間はカイコが自分の繭の中に入るように、自分を育ててくれた文化の中にくるまり、
  もういちどそれを織り直さなければならない時代が近い」 と。

私たち日本人が入るべき繭、自分を育ててくれた文化とは稲作を中心とした農耕文化だと、
渡部忠世氏(現、京都大学名誉教授)は語る。 氏は、司馬遼太郎と同い年で親しかったらしい。                        
日本は、アジアでいちばん遅れてイネを受け取った、いわば稲作後進国の一つだったが、
7世紀ころには現代に近いような稲作が現われ、8世紀ころにはすでに、
沖縄と北海道を除いた範囲に、現在の作付面積の6割にあたる水田が開かれ、
約100万トンのコメが年々生産されていたという。
                           (農業機関紙、家の光より)
すなわち、私たちの祖先は、
今の私たちと同様に、この稲の実りの風景を、くる年もくる年も眺め、
この稲とともに生活してきたのだと思う。

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