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2010.06.30 (Wed)

試合も終わり

カラスの図

決勝トーナメントでの日本代表のサッカーの試合も終わった。 文字通り、「惜敗」。
世界の壁はなかなか高い。だけど、ここまでの健闘だけでもじゅうぶんなレベルだと思う。

同じく「世界制覇」、そんなスローガンのもと、
あらたな戦略に出ている企業のことが、今日のニュースで報じられていた。
ユニクロと楽天の2社。これから、社内の公用語は、すべて英語であるという。
社員食堂のメニューも英語、社員同士の日常会話もすべて英語だ。
そのうち1社は、今後すべての社員にTOEIC700点以上を望むとのこと。
今後の経済活動の場は世界が舞台で、そのためには当然英語である必要からだという。

英語の必要性は認めるが、なかなか大変だなぁ、、という思いがした。
それが出来ない人はどうなるのだろう、、と要らぬ心配もしてしまった。
きびしそうなトップの顔からは、「そんな人には去ってもらいます」との声が聞こえてきそうだった。
久しぶりに「グローバリゼーション」という言葉を聞いたような気がする。
サブプライム危機の以前から、市場原理主義や新自由主義に次いで、
グローバリズムについて
も、さかんに言われていた時期があった。

3年前から始まった今回の金融、経済危機は、今なお世界で静かに進行拡大している様子、
あらたな局面をまた迎えようとしているところだが、
今回のものは、1873年、1929年に並ぶ、3回目の大恐慌との指摘がある。
(ポールクルーグマン、米国経済学者)
今後の展開は、これまでの想像をはるかに超えるものであるという。

世界の企業活動のグローバリゼーションは、今回の危機の拡大にあたり、
マイナスの面としてとらえられ、反省議論されてきたところだった。
すなわち、大きすぎるがゆえに、マイナスの影響も半端でなかった。
金融システム、国家の維持、、など、巨大なものから、
むしろ小さくしていくしかないという流れのなかで、
この時期、今なお、果敢に攻めていく企業があるということに、逆におどろいた。
その答えは、今後結果となって出てくるのだろうが、
企業活動は、攻めゆくサッカーの試合のようでもあり、
もうこれでじゅうぶんということはないのだろう、、と思われる私だった。

                                        、、、 職人K


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2010.06.29 (Tue)

メガネの図柄

涼しさよこい!

雨の日続きで、さわやかな涼しさが欲しい、、そんなところに、
なんと、粋な絵柄の扇子を頂戴した。
2年ほど前、同じ絵柄は、日本手ぬぐいだった。
こんどは素敵な扇子で、なかなかの粋なセンス?にびっくり!!
こんな扇子なら、涼感あふれて、さわやかな風をスイスイ取り込めそうだ。

メガネ柄の扇子
どなたのデザインなのか、毎年?定番の、メガネの図柄

竹メガネと扇子

こんな素敵な扇子には、竹メガネがピッタリ。 (職人M試作)
   (竹メガネについて→職人Mブログ
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2010.06.27 (Sun)

「雨」から2曲

                         rain.jpg
                                       本格的な梅雨到来

昨日から強い雨。 それと同時に梅雨特有の蒸し暑さが加わってとても過ごしづらい。
雨に打たれて生き生きしているのは、アジサイなど植物ばかり。
晴れの日に見るより、本当に美しい。
こんな時は、音楽でも聞くと、うっとおしい気分が晴れてくるかもしれない。
音楽があれば、仕事もうんとはかどるかもしれない。
それが、創造的な仕事ならなおさら。
そんなメールを昨日いただいたばかり。
この時期、「雨」にちなんでか、
「have you ever seen the rain?」であるという。

以前、NHKでも「青春のポップス」という番組があった。
リクエスト形式で、世界的なヒット曲となったポピュラーソングを特集した番組。
おもに1960年~頃からのものだったと思う。
文字どおり、私にとっても青春のポップス。
世界のヒット曲から、外国に、英語にとあこがれ、英語を学んだように思う。
私は、単なるあこがれであったのに対し、
職人Mのほうは、英語の上達法は、まさに英語の歌詞からきているという。

「have you ever seen the rain?(雨をみたかい)」
は、米国のクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の代表的なヒット曲。
だれでも一度は耳にした曲であると思う。
この中の「rain」は、単なる雨の意味以外に、また別の意味もあるとも言われている。
すなわち、晴れているのに突然降る雨、
当時ベトナム戦争でのナパーム弾の雨をさしているのではないかということで反戦の意味も。
創造する人は、あらゆる方向から模索するもので感心してしまうが、
真意は作者のみ知る、で本当のところはわからない。
しかしながら、ヒット曲となるべく、私も大好きな曲の一つだ。
                                     、、、 職人K


「Have you ever seen the rain?」

そして、「雨をみたかい?」の曲と、対になっているようなもう一つのヒット曲も。
こちらは、「だれが雨を止めるのかい?」で、おなじく反戦の意味あいが?


「Who'll stop the rain ?」
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2010.06.25 (Fri)

今朝は(サムライ)ブルーの色。

青いアジサイ2

家のアジサイが美しく色づいてきたが、今朝のアジサイはこのブルーの色に注目!!

早朝、眼がさめたら、ちょうど、サッカーの試合の終了したところだった。
日本快勝、3-1。 寝ずに試合を観戦していた人の熱狂ぶりはすごいと思った。
このところのヨーロッパ勢は、心なしか いつもより弱弱しく感じられる。
それだけ日本の実力があるのだと思うけれど、
いつの時代も、スポーツなどの国際大会や、名だたるコンクールにおいては、
不思議と、その時の国力が反映されて 結果がオモテに出てくるように思われる。
米国から欧州全体に飛び火した金融危機は、今も深刻さを増しながら静かに進行中の様子。
経済の重苦しい雲行きを、どこの国でも、
ホントはパァーと一気に晴らしたい気持ちなんだろうけれど、、
日本が勝って本当によかったと思う。
                                     、、、職人K

アジサイ5、、アジサイ4

アジサイ3、、アジサイ1
 大雨は困るけれど、 いろいろな色のアジサイが梅雨の雨を待っているところ

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2010.06.24 (Thu)

もうすぐ第3戦、南アフリカ大会

本日(日本時間25日)行われる予定のサッカーのワールドカップ、
日本チームの出場する試合がもうすぐだ。
相手国は、デンマーク。選手側も、応援する側もかなり熱いものになりそうだ。
ニュースに出てきたデンマークの監督を見て、あれっ?
「日本は我々にとって最初の決勝戦だ!」と語るオルセン監督は、丸めがね。
温厚そうな表情の丸メガネの奥にも、強い闘志がキラリと光る。

  デンマーク監督

一方、
「我々は勝つことしか考えていない!」と、強い意気込みの日本の岡田監督、
こちらはもちろん丸メガネではないけれど、
先の試合の時には、メガネまでサムライブルーの色だったような、、
それぞれに気合が入っていると思う。
両監督のメガネの奥にかくされたきびしい眼と眼、その眼が火花を散らすことになる。
決勝トーナメント進出をかけて、
身長の高い大型選手のデンマークと、小柄な選手の多い日本との戦い。
どんな試合になるのか、今から楽しみだ。

  岡田監督

アフリカで初の開催となる今回のサッカーのワールドカップ。
テレビを見ていれば だれでも気がつくと思うけれど、
ハエがうなるような、ププゼラという楽器の独特の音色。
ラッパのようになっている、プラスティック製のアフリカの民族楽器であるという。
その起源は意外に新しいようだが、
会場全体にその音がいっせいにとどろくと、ものすごい音量になる。
選手同士の指令や合図の声など、まったくかき消されてしまうという。
実際に慣れていなければ、選手の日頃のリズムも狂ってしまうのではないだろうか。
はじめて聞いた時は、アフリカの唸りかと思うような異様な音に聞こえた。
日本風に聞くと、ハエのうなり声のようにしか聞こえない。
ちなみにこの楽器、今回の大量の需要もあってか、今もフル生産の真っ最中で、
その製造はほとんど中国であるという。
こんな時こそ、アフリカ製で作ったらよかったのに、、と思うけれど、
世界の工場、中国にはかなわないのだろう。
以前は南アフリカで作られていたものが、5~6年前頃から中国に移っているという。

西洋人にも、東洋人にも、この音色はちょっと苦手なのではと思うけれど、
唸るような大音量のブブゼラの音も味方につけて、
どちらのチームも、うんと持てる力を発揮してほしいと思う。
もちろん、日本に勝ってほしいと願っている。
 
                                   職人K
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2010.06.22 (Tue)

セル巻き仕様アンティックカラー丸めがね

M氏と丸メガネ

先日、遠くからわざわざ訪ねてくれたお客さまは、昔からおしゃれな何十年来の友人夫婦。
ラフなスタイルでいても、いつもどことなくキマっているファッション。
そこに何か、若い時からのオシャレ哲学があるからでしょうか?
それもそのはず、友人は、美術が専門の先生、
その独特の雰囲気は、現代の魯山人のようにも思えます。
そんなおしゃれに一役かっているのは、丸めがね。
小さい38ミリサイズで、しかもブラウンデミのセル巻き仕様という御要望でした。
久しぶりに会ったら、そのスタイルは、昔と同様、
とってもよく似合っていて、うれしくなりました。
まさに「自由な精神」を感じる丸メガネ。
ロサンジン先生の授業のほうも、ぜひ参観してみたいです。
                                              
M氏
現代のロサンジン御用達、セル巻き仕様丸めがね
(ピンク、グリーン、パープルの3色の淡いシマシマ模様のシャツと丸メガネがいい感じ)

                                       、、、職人K                                       
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2010.06.21 (Mon)

今日は夏至

ざくろ1

ざくろ3

今日6月21日は、夏至の日。
一年でいちばん昼の時間が長い日。 本格的な夏はこれから先だが、
今日を境に ほんの少しずつだけど 昼の時間は短くなっていくことになる。
街の中で、こんな風景をみつけた。
古い土蔵のそばに咲く赤い花は、この時期になると美しく咲くざくろの花。
今ではあまり見かけなくなったその花が、
土蔵の美しさをいっそう引き立てながら 夏の風景を彩っていた。

                                       職人K

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2010.06.20 (Sun)

ナンテン(南天)の花

ナンテンの花1

家のまわりのナンテンの白い花がちょうど今美しい。
冬になると、真っ赤な実をつけるナンテン、
その花の時期はうっかり見過ごされているのではないだろうか。
白いつぼみが開けば黄色の部分も見える、小さくかわいらしい花だ。
かくいう私も、最近になって、ああ今が花の時期なんだなぁ、、と気がついたところ。

ナンテンの木、その赤い実をつける美しい庭木の定番として
また殺菌効果のある葉や実の薬能の目的や、
また無病息災の縁起、防火のために、、と、
この名前にちなんで、
昔からあちこちの家のまわり、特にある方角によく植えられていた。
難が転じて福となす「難転」、そんなふうになってほしい、、
今の時代、そんなふうに願うことがどれほど多いことか。
何事もなく静かに暮らせる平生というものに、
もしそうであるなら、そのこと自体に、天に感謝しなければならないと思う。

はじめて仕事で海外へ出かけた家族が、未明に帰宅した。
台湾の中心地であるタイペイ、その観光地など、ほんのしばらくの滞在であったが、
大変驚いて帰ってきた。日本の都会ともやはり違うところがあったようだ。
サツマイモみたいな形の、日本と同じような島国である台湾。
中国とは、一線を画して独立国としてありたい台湾であるが、、
やはり元々は中国から出た同じ民族であるからだろうか、
また最近の中国寄りの馬政権のもとゆえだろうか、
私たち日本人とは、全く性質の異なる民族であることをつくづく感じたという。
また、観光地にたむろする物乞いの人の数の多さにもびっくりしたという。
どの国でも、貧しい人とそうでない人の格差は、
また前者の数は、拡大していることだけは共通している。

「やっぱり、日本に生まれてよかったと思う、、」との率直な感想に、
「そりゃあそうでしょうよ。」と答えたが、
何ごとも当たり前のようにある素晴らしさは、
そうでないところを見ることによってあらためて気がつく、ということはよくある話で、
とても大事なことであると思う。

日本にのみ古来からあるという「大和心」について語る小林秀雄は、
「君ってものは、この日本に生まれた人種、生き人種なんだ、」
「君は、君の生まれた、つまり条件ってものを君が尊敬することだよ、、」
そこから始まるんだ、、と言っていたのが思い出される。
家族の若い一人は、その出発点に立ったというわけだ。
私たちの日本が、どうか昔からある良きところが、
ナンテンの木に守られて、失われずにずっと残りますようにと祈る思いだ。

                                      職人K

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2010.06.18 (Fri)

防水工事、ほぼ完成

                      C
                              こりゃぁ、ほんとに立派な手すりだねぇ!!

今日は久々の雨模様。
おくれていた梅雨入りもすぐに戻しそうな気配。
今日は雨をみていても落ち着いていることができる。
実は、ここ数日、どうか雨が降らずに天気がもちますようにと、祈るような気持ちだった。
建物の屋上の防水工事、最後の場所はウレタン工事。
何回かに分けて施工する間、雨が降ったら困るのだ。
昨日、最後の塗りが終わりほぼ完成、何とか今日の雨に間に合った。
新しくなった屋上部分は、下履きを脱いで歩かないと申し訳ないような美しさ。
これでもう、これから先 建物は大丈夫だろう。美しく生まれ変わったこの屋根の真下で、
また仕事が出来ることに感謝しなければならないと思う。

新しい手すりは、幅があって、ひょいと布団など干すにも具合が良い。
そんなきめ細かなコーディネイトをしてくれたのは、やり手の若い女性建築士。
見積もりや設計など、机上の仕事が専門と思いきや、
工事が始まるやいなや、ベージュの上下服に着替えて、きめ細かく、きびしい現場監督に早変わり。
笑顔の一方で、きびしいチェックの目が光る。
期間中、屋上から 空に向かって 指揮する声が高らかにひびいていた。
汗をふきながら、毎日、進み具合、手順の説明など報告があった。
デジタルが幅を利かせている世の中だけど、
アナログの実力も兼ね備えた彼女はとてもカッコよかった。

晴れて、今日の日を迎えることが出来て、
こちらも感謝の気持ちでいっぱいです!!
有難うございました。

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2010.06.17 (Thu)

世阿弥の言葉

                     世阿弥元清(1363-1443) 世阿弥元清   


「一日一言」によると、今日6月17日は、世阿弥の没した日であるという。
世阿弥の能については、何年か前に講演で話を聞いたことがある。
世阿弥は日本能楽の完成者で、観阿弥の子。
天才的な演技者であると同時に、すぐれた作者でもあったという。
現行の作品の大半は世阿弥の作であるという。 ほかに理論書も多い。

世阿弥の有名な言葉の中の、

      初心 忘るべからず      (花鏡)

この「初」という字の意味するところについて、最近、あらたにまた話を聞いたところだ。
「初」という字は「ころもに刀」と書く。
ころもにハサミを入れる時の真剣な心が、「初心」という意味であるという。
また、「ころも」とは、それまで自分で築き上げてきた全ての意味でもあって、
それにハサミを入れて、まさに仕立て直すということであるという。

若い時のようにはいかなくとも、年老いたら年老いた境地の「能」があるという。
すなわち、常に革新すること、
年老いてもなお過去に固執することなく、
新たな自分をつくりだしていくことであるという。

     命には終あり、能には果(はて)あるべからず     (花鏡)

また、
     上手にもわるき所あり。へたにもよき所かならずあるものなり。
     これをみる人もなし。主もしらず。
     上手は名をたのみ、達者にかくされてわるき所しらず。
     へたはもとより工夫なければ、わるき所をもしらねば、
     よきところのたまたたまあるをもわきまえず。
     されど上手も下手も、たがいに人にたずぬべし。    (花伝書)
  

私には、能ではなくても、およそ芸術といわれるような習い事は何もしてこなかったから、
上手、下手、の深いところはよくわからないけれど、
その、言わんとするところの意味は、何となくわかるような気がする。
芸術面ではなくても、人間そのものとしてはどうだろうか。
若い時のようには、思うようにいかなくとも、
歳をとったなら歳をとっただけの考え方が出来るだろうか。
歳をとっただけの境地に到達することが出来るだろうか。
小林秀雄のいう、「いかにも老人らしい老人」というのも同じ意味だと思われる。
年老いて、そんな老人になれるだろうか。

何年か前に聴いた講演では、
世阿弥自身の生涯もまた、波乱万丈で数奇な運命の哀しい最期だった。
しかしながら、今、
世阿弥自身の言葉や、天才的な才能の持ち主である世阿弥からして、
日本能楽の完成者のみにあえて与えられた、天の意志とも思える運命的な哀しい人生の最期は、
世阿弥自身は決して不幸ではなかったのでは、、とふと思われた。           
                              
                                        職人K
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2010.06.15 (Tue)

八重咲きのドクダミの花

八重のドクダミの花

この白い花は、八重咲きのドクダミの花。
昨日、職人Mが たまたま訪ねた知人宅よりいただいて持ち帰ったもの。
白いドクダミの花はよく知っているが、八重咲きのものは初めて見た。
また、こんな種類のものがあることさえ想像したこともなかった。
珍しい種類のものが、あるところにはあるものだとつくづく思う。
ドクダミ独特の強い香りは全く同じ、薬草としての効能も変わらないのだろうと思う。

それにしても、一重のドクダミの印象とは全く違って、可憐でとっても美しい。
家主の方にピッタリの花のような気がした。
毎年、ほったらかしにしておいてもよく茂って咲くのだという。
切り花と、根のついた株との両方を分けていただいた。
来年は、我が家の一角でも育ってこの花が見られるかもしれない。
そう思うと、わくわくうれしくなってきた。

自然にあるものなのか、栽培種として作られたものなのか、わからないが、
稀少種というのは、本当にあるものなのだと思った。
世の中には、単なる稀少趣味というのがあるけれど、稀少だから価値があるというのでない。
単に珍しいというだけでなく、はじめて見た時は、思わず「わぁ-!」と声を上げてしまった。
何本か束ねてあったら、素敵な花束に見えた。
花に見とれていると、「重薬」としてのドクダミであることを忘れてしまいそうだ。
昨日は、そんな感動の花と初めて出会った日だった。
                                    職人K
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2010.06.14 (Mon)

一つ目玉の本家は?

      ゲゲゲの鬼太郎に出てくるキャラクター、「目玉おやじ」 目玉おやじ


NHKの連続ドラマ、「ゲゲゲの女房」では、
マンガがヒットせず、相変わらず、水木家の家計は苦しくて貧乏が続いている。
時は、東京オリンピックを前に世の中が活力にわいてくる時代。
同じマンガでも、明るくて元気な「鉄腕アトム」などは、作品の実力もさることながら、
そういった時代の要請もじゅうぶんある。
残念ながら、妖怪ものは、それがまだ来ないようだ。

ドラマの中で、最近登場した「目玉おやじ」のキャラクター。
実は、鬼太郎の実の父という設定であるという。
妖怪の歴史と知識にくわしく、いつも鬼太郎の良きアドバイザーとなるらしい。
作品の内容はよくは知らないが、目玉のキャラクターの絵は見たことがある。

さて、この5月に、
2012年開催のロンドンオリンピックの公式マスコットキャラクターが発表されたばかり。
五輪スタジアム建設に使われた最後の鉄片から生まれたという設定で、
目がカメラのため一つだけの現代的な姿は、
今までにない、新しいイメージ?で、可愛らしいとか、可愛らしくないとか、
ロンドンっこの間でも、物議をかもした公式マスコットだった。

あれっ?目の大きさがちがうけれど、
何か、ゲゲゲの中のキャラクターを真似したような、、
「何か、似・て・い・る !!」と思うのは、私だけだろうか?
一つ目玉のキャラクターの本家は、こちら日本ではないかしらと思った。

                                              職人K

ロンドン五輪マスコットa

ロンドン五輪マスコット2
                    (公式発表報道写真より) 
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2010.06.12 (Sat)

art gallery 、山アジサイ

今年は梅雨入りがおくれているらしい。
今日はこちらでも、30℃近くにまで気温が上がり、
これから梅雨の代表的な花である家にあるアジサイも、木全体がダランとして全く精彩がない。
家の花はこれからまだ先になるけれど、
近くの西山では、ひと足先に山アジサイの花が咲き出して、緑の中に、
その清楚な花の可憐さをアピールしている。
山アジサイは、栽培種とはちがって、野趣があり、ガクアジサイが多いようだ。
職人Mによると、特に早朝の美しさは格別であるという。
また、よくよく見れば、花の形の美しい芸術性も、
かつて花火職人が注目して参考にしたのではないかと思われるような素晴らしい完成度だ。

ガクアジサイa
                       
ガクアジサイ c
額ブチのようにまわりに花がつくことから名前が由来するというガクアジサイ、
本当の花は実は中央の部分であるという。

                                     (写真、いずれも職人M)

EDIT  |  17:26  |  ART M  |  Top↑
2010.06.10 (Thu)

so what ?

アンティックゴールド、2

「アンティックゴールドの丸メガネ、細リムclassicです!」

so what?」

アンティックゴールド、1

「丸みを帯びたやさしいテンプルラインがきれいです。」

so what ?」

めがねマーク 、、in my life

「耳あてのところに、メガネのマークがいっぱいです。」

so what ?」

「 コチラの 「so what」  をどうぞご覧ください!!」

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2010.06.09 (Wed)

古のエンドウ豆、今年も

エンドウ、紫

数年前に我が家にお目見えした 古のエンドウ豆
家族が今年も栽培して育ち、収穫の時期となった。
普通の青い色とは違う、神秘のムラサキ色の莢に豆がおさまっていて、本当にめずらしい。
収穫した豆のうち、来年のために、種をいくらかとっておく。
それをまた来年も蒔いて栽培する。 今年はまた新たに他の人にも少し種をおすそ分けした。
また来年は、よその土地でもこの神秘な色の古のエンドウ豆が育つはず。
こうして、だんだんとその栽培が広がっていくという真実がある。
今日、明日というふうに、早くすぐにとはいかないけれど、
一年ずつ、ゆっくりと少しずつ、しかしながら確実に進んでいく。
気が付いたら、ものすごく大きく広がっていた、という結果に。

当たり前のことであるけれど、この当たり前のことを、今、案外忘れてしまっているのでは?
という問いかけに、私自身もうなずくばかり、そうであると思う。
毎年毎年の小さな積み重ねはバカに出来ないほど大きくなる。

現代は、「今すぐに」ということが、とかく言われる時代。
ファーストフードに象徴されるように、簡単で、スピードが求められる。
ずいぶん先のことまで考えて準備することなどなかなか出来ない。
しかしながら、考えてみれば、農業は、この準備がなければ到底収穫まではたどりつけないもの。
しかも時間がかかる。 農業に学ぶべきことは本当に多い。
特にこれからの時代は、二宮尊徳の手法のように、そんなことが必要とされる時代になりそうだ。

さらに農業だけでなく、
何事においてもそうであるという。
これからの時代は、スロウなものにも、もう一度注目される時代。
食べ物であるなら、スロウフード。
良いものは、とにかくゆっくりと時間がかけて、、の時代だという。

                                          職人K

エンドウ豆
 いと めずらしき風景かな。 今年も見事な、古のエンドウの実り。

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2010.06.08 (Tue)

試作品

小さいメガネ

若い方から提案依頼いただきました丸メガネを、手持ちの材料にて作ってみた試作品です。
38ミリサイズの小さな丸メガネで、いつものイチヤマタイプとはちがい、左右の鼻パッド付きです。
あくまでイメージをつかむためのもの生地枠ですが、
針金だけで作ったようなラインがシンプルで面白いと思います。
若い方は、びっくりするほどメガネの細部にわたって工夫したり、
いろいろ考えておられることがわかりました。
カラーリングで、さらに、いろいろな表情に変化すると思いますが、
ウキウキしてくるような形に、少しでも近づけたでしょうか?

         小さいメガネ1

丸よりさらにもう少し変化したフロントも。 表情がまた違ってきます。

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2010.06.06 (Sun)

小林秀雄  Ⅱ

                                      小林秀雄
                                      小林秀雄(1902-1983)

今年3月の新聞に、新しく45年ぶりに小林秀雄の講演記録が見つかり、
このほど刊行されるという記事が載っていた。
ちょうど、「本居宣長」の執筆を始めたころに、宣長について語った講演であるという。
どうして公表されなかったのかというと、小林秀雄の強い意志があったからだという。
すなわち、
「自分の本当に言いたいことは、講演という形式では現わすことが出来ない」からであるという。
「僕は、文筆で生活してゐます。話すことは話すが、話すことと書くこととは、全く別のことなんだ。
 物を書くには、時に、一字のひらがなを「は」にするか「が」にするかだけで、二日も三日も
 考へ続けることだつてある。話したことをそのまま活字にするなどといふことは、NHKにだつて
 認めたことはないし、それはお断りします。録音テープを取るのも困る -1983- 」と。
このたびのものは、一応 小林秀雄が手を入れたものであるらしいが、
文章を書く覚悟と信念がしっかり見えてくる言葉で、なるほど、、さすがだと思った。

小林秀雄の以前の話の中で、
本居宣長の、門人のもとめに応じて学問の入門書、『うい山ぶみ』 を書き記したが、
その最初に 歌が添えてある。
 いかならむ うひ山ぶみの あさごろも 浅きすそ野の しるべばかりも
 ー新米の山伏が初めて山入りをする。そのように学問の道に初めて入る人のために、
  ごく基礎的なことを書いたのだが、果たしていかがなものであろうかー
学問というのは、自発的なものであって、「志」こそが何より一番重要なこと。「方法」は二の次である。
 「すべて学問は、はじめよりその心ざしを、高く大きに立てて、その奥を究めつくさずはやまじと、
  かたく思ひまうくべし、此志よはくては、学問すすみがたく、倦み怠るもの也」
 「詮ずるところ学問は、たゞ年月長く、倦ずおこたらずして、はげみつとむるぞ肝要にて、
  学びやうは、いかやうにてもよかるべく、さのみかゝはるまじきこと也、
  いかほど学びかたよくても、怠りつとめざれば、功はなし、又人々の才と不才とによりて、
  其功いたく異なれども、才不才は、生まれつきたることなれば、力に及びがたし、
  されど大抵は、不才なる人といへども、おこたらずつとめだにすれば、それだけの功は有る物也、
  又晩学の人も、つとめはげめば、思ひの外功をなすことあり、
  又暇なき人も、思ひの外、いとま多き人よりも、功をなすもの也」
  『うひ山ぶみ』より
何より、ただ年月長く倦まず怠らずして励みつとむることこそが大事で、
このような入門書などはかえって良くないのかもしれないのだが、どうであろうか
という大事なところ(歌)を、みんな読み飛ばしているんだ、、というのがあった。

本居宣長の学問は素晴らしいものなのだろうが、
小林秀雄くらいになると、優れた者同士であるがゆえに、
一字一句も無駄なものはないというところが、よくわかるものなのだろうと、あらためて思われた。

優れた人物の優れた学問は、後に現われる優れた人物によって、
再び深く理解される時がくるものだ、と、今、勝海舟の言葉 とあわせて思い出されるところだ。


                                        職人K
 東大構内 学問というものは広大なもの、真実の解明が最終目標、
                         倦ずおこたらずして、はげみつとむることぞ肝要

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2010.06.04 (Fri)

小林秀雄  Ⅰ

                                         002.jpg

小林秀雄の乱世についての記述の話を聞いて、「本居宣長」の本を出してきて開いてみた。
およそ30年くらい前に出版された分厚い本だ。 どうしてこの本を買い求めたのだろうか。
若かった当時の、一つのあこがれだったかな、と思う。 
いつか、じっくりと読んでみたいと思っていたが、ほとんど読むこともなくしまってあった。

小林秀雄は、西田幾多郎とともに、戦前の日本の知性を代表する巨人。
その文章は難解だとよくいわれる。
教科書に載っていた文章くらいで、実は、私もあまりよく読んではいない。
しかしながら、録音された肉声を通じての講義内容から、
私は、その学問、また小林秀雄という人間そのものに、とても魅かれるようになった。
まさに、知の巨人、その学問は素晴らしいものであると思う。
この出会いも、私の重要な一つの出会いだったかな、、と思う。

小林秀雄については、こんなエピソードがある。
東大在学中、小林はほとんど大学に顔を現さなかった。
ある時、小林の書いたランボオ論を読んだ指導教官がびっくりして、
「これほど優秀なら来る必要はなし!」と言ったという話。
 ( 後に、当時生活のために原稿を書いて稼ぐのに忙しく、大学どころではなかった。
  大学の重要さはさして考えていなかったが、
  大学を卒業したのは、母親が特に希望したからだと述懐している。)

「本居宣長」は長い時間を費やして書いた大著。
それは孤独で、つらくも しかし楽しい作業であったという。
言いたいことはすべて書きつくしたので、それを読んでほしいとのことだが、
応仁の乱から始まる戦国時代、いわゆる乱世についての記述では、
その後一代で身分の低い下人から関白にまでのぼりつめた豊臣秀吉が出てくるまで、
下剋上の時代と言われ、虚名が実力に制される時代と述べられている。
そしてその「下剋上」という、当時の一貫した風潮をさすその言葉は、
大正・昭和初期の辞書、大言海にあるように、
「デモクラシー」とも言えるのではないか、と分析している。
識者によると、まさに今、これからの時代もまたそうであるという。

長く続いた乱世に、力で終止符を打った秀吉が、天下を統一しても、
その文明上の大経験が、反省され、自覚され、
精神界の統一がなされるまでは、まだ時間がかかった。
その後、心の天下人と言われる、中江藤樹が出てきて、本居宣長に至るまで、
それまでの歴史の時代的社会的背景を深く探っていく的確な分析、評価は、さすがだと思われる。
私がいつも聞いている放送で、そこのところの朗読を聞いたら、
なるほど、、とあらためて思われた。 そして、「批評家、小林秀雄」であると、つくづく思った。
 

知性を感じさせる丸メガネ、実は、
西田幾多郎と並んで、小林秀雄のような人物にこそ かけてほしいが、
残念ながらメガネは不用だったのか、
小林秀雄のメガネ姿は見たことがなかったように思う。 (^^ゞ


      思索の丸メガネ
        アンティックシルバー/ダークブラウンデミ巻き丸めがね
         (かつて日本の知性を代表する巨人、思索する小林秀雄、1902-1983)


                                          職人K

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2010.06.02 (Wed)

乱世の時代

                          あっち向いてほい!

昨年9月、歴史的政権交代を果たした民主党率いる鳩山政権だったが、
わずか9か月にて終わりを告げた。
本日、鳩山首相が辞意を表明、小沢幹事長も辞任の意向で、
先の社民党の福島党首の罷免から始まった政局の動きは、
一気に鳩山政権退陣へと進んだ。

普天間基地移設の問題の決着までを思うと、
だれもがやむをえないと考えるけれど、
長続きすることなくコロコロ変わる日本の政治のリーダー。
今度こそ、、と期待が大きかっただけに、落胆のほうも少なからず大きい。
日本のみならず、世界の政治や経済も かつてないほどの大きな激動の時を迎えている。
こんな時こそ、強いリーダーシップを持ったトップが必要だ。

識者によると、かつての歴史にあった応仁の乱のように、これからいよいよ乱世の時代であるという。
応仁の乱は、かなり長いこと続いたらしいが、
これからの混乱は、政治のみならず、経済、社会、あらゆる面でも起こりそうだ。
しかしながら、新しいものが生まれるには、必ず、混乱の時代が必要で、
混乱のあとには、静かな新しい21世紀型社会が待っているはずだという。
乱世のこれからは、
これまでの政治を含めたタテ型社会にかわって、ヨコのつながりが重要になるとのことで、
志を同じにする者同士がヨコにつながって、強く生きていかなければならない時代であるという。
それは、小林秀雄の大著「本居宣長」の中の記述にもあるように、
裸一貫の生活力が必要とされる時代であるという。
                                  職人K

                 
キウィの蔓
   風にゆられながら方向を模索するキウィの新しい蔓(つる)

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2010.06.01 (Tue)

今日から六月

プロペラ1
                                   青色もみじ
プロペラ2
                                   赤色もみじ

                                         (写真、いずれも職人M)

今日から6月。 もみじの花がとうに終わって、気がついたら、
種子の入ったかわいらしいプロペラがお目見えしている。
赤い色のプロペラが、緑に映えてとても美しい。
やがて、風に乗って遠くに飛ばされていくはず。
夏はもうすぐそこまで来ているようだ。                       

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