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2010.02.21 (Sun)

二宮尊徳

              だれもが心の記憶にある二宮尊徳像、 二宮尊徳像

小田原ゆかりの偉人といえば、二宮尊徳(1787-1856)は江戸後期(天明ー安政)の人。
私たちの小さい時分には、どこの小学校にも、薪を背負いながら本を読むその銅像が必ずあった。
勤勉、貧苦の努力の人として、教育の基本精神として子どもの時から心に植えつけられた。
しかしながら、その実像は、その像のイメージするところのみならず、
あらゆる面で素晴らしい、力強いリーダーシップを発揮したところの、稀有な人物だった。
内村鑑三が英語で外国にも紹介している、「代表的日本人」の一人だ。
この正月には、この二宮尊徳について 少しだけ本を読んでみた。

天地を経文として、すなわち、常にあらゆる自然から多くのことを学んだ。そして、
農業によって、人々の生活の安定を図ろうとした。また、
自分の家のみならず、主君の、また小田原藩の財政立て直しまで、財政再建家として、
また荒地を開墾して豊かな実りの農業をおこす、プロジェクトリーダーとして、
また、今でいうところのQC(統計による品質管理)を実践した人として、
また、信用組合のような仕組みを作り、今でいう銀行経営のようなことまで行った人だ。
それらについては、多くのエピソードが残っている。
また、偉大な思想家として、また正直な1人の人間として、知れば知るほど、
銅像だけのイメージとは違う、スケールの大きい人物像がうかび上がってくる。
なるほど、このような人物が、今の時代、必要とされているのかもしれないと思った。

江戸時代から続くザ・ラストサムライの武生の先生が絶賛していた、勝海舟の氷川清話によると、
古今の人物編の中で、二宮尊徳についての短い記述には、こう書いてある。

  「二宮尊徳には、おれは一度会ったが、いたって正直な人だったよ。
   だいたいあんな時勢には、あんな人物がたくさんできるものだ。
   時勢が人を作る例は、おれは確かにみたよ。」  と。


そして、海舟の、人物の世に現われる現われ方についての持論も興味深い。

  「ぜんたい大きな人物というものは、そんなに早く現れるものではないよ。通例は百年の後だ。
   いまいっそう大きな人物になると、二百年か三百年の後だ。それも現われるといったところで、
   今のように自叙伝の力や、なにかによって現われるのではない。二、三百年もたつと、ちょうど
   そのくらい大きい人物が再び出るのだ。そいつが後先のことを考えてみているうちに、
   二、三百年も前に、ちょうど自分の意見と同じ意見をもっていた人を見出すものだ。
    そこでそいつが驚いて、゛なるほどえらい人物がいたな。二、三百年も前に、今、
   自分が抱いている意見と、同じ意見を抱いていたな、これは感心な人物だ゛と、
   騒ぎ出すようになって、それで世に知られてくるのだ。 
   ゛知己を千載の下に待つ゛というのは、このことさ。
   今の人間はどうだ。そんなやつは、一人もおるまいがのう。今は、、、


二宮尊徳のころから、ちょうど今、200年が過ぎようとしている。
この世界経済の大崩壊から、わが日本にも大きな影響がおよんでくると思われる今、
何もかもが大きく変わる大転換期となりそうだ。
時勢によって、そんな大人物が現われてくるのを、一方で期待したいと思った。

                                                  職人K

二宮尊徳、生家  小田原にあるという二宮金次郎(尊徳)の生家
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