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2009.11.30 (Mon)

甘柿の種から

柿の種  柿が豊作

今年は柿が大豊作。取っても、取っても、まだまだある、という感じ。
自然の恵みというのは、本当に素晴らしいと思う。
1日に何個か食べてしまうが、素朴で、穏やかな甘みであると思う。
柿の一個に包丁を入れたら、タネも真っ二つに切れて、その断面が目に入った。

白い胚芽が目に入った。とてもなつかしい。小さい時、理科の時間で習ったことがある。
その時は、とても感心したものだ。
種子の中はみんなこんな風になっているわけだが、
あまりに当たり前すぎて、このごろは、あらためて気にかけることなどずっとなかった。
久しぶりにしみじみ見たら、あらためて感動してくる。
今年みたいに大豊作となる柿の木も、始まりはこの種子の中の胚芽からだった。

ところで、この甘柿の種子だが、芽が出て大きくなったとしても、甘柿にはならず、
ほぼ渋柿であるという。 甘柿は小さい時に接ぎ木をしたものであるらしい。
最近、そのことを知って驚いた私。
そういえば、柿渋というのがあって、住宅用に素晴らしい素材であることを知っている。
「渋い」という言葉もなかなか面白くて、奥深い。
そのままの意味と、もう一つ、ある程度の年齢を過ぎた人で、
地味だけれどなかなか味わいのある、落ち着いた趣が出ている人など、
「あの人はなかなかシブイ人ね。」 なんて言ったりする。
渋い人は、女性のあこがれでもある。

いずれにしても、柿は本来、渋いもの。
甘柿の種を植えても、甘柿にはならない。

何十年生きていても、まだまだ知らずにいることの何とおおいことか。
そんな風に思うことが、いまだに何べんもある毎日だ。
                                                職人K

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2009.11.27 (Fri)

ドバイの衝撃が広まる

冬の青空2

はるか遠く中東の小さな国、ドバイ首長国。
一昨年前の急激な原油高によって、相当に潤っていたはずの中東の産油国。
1バレル150ドル近くまで上昇した原油も、その後は急激に値が下がったが、
豊かなオイルマネーは、投資マネーと変わり、高さが1キロもあるような高層ビルや、
海上にらせん状の模様のように広がる海上都市など、見たこともないような、
この世のものとも思われないような夢の都市が建設中であったのは、ついこの前のこと。

やがて、リーマンショック以降、世界の投機マネーが一瞬にして泡となって消え、
世界中のあちこちで、いっせいに投資マネーが大きく引かざるを得ない結果となった。
ドバイの地もしかり。 建設中だった工事はそのまま止まったままになった。

そのドバイにて、政府系機関がついにデフォルト(債務不履行)宣言。
今は、世界の金融システム崩壊が進んでいる真っ最中。
巨額の資金の中東政府系ファンドの存在は、目立っていたときがあったけれど、
存在が大きければ、損失も巨大となる。
だれもが、今、「やっぱり、、」という気持ちだろう。
当然、衝撃は、すぐに欧州に広がり、株式大暴落とつながったが、
今後は、世界のあちこちでこんなことが起きることになると思う。
そしてそのたびに株価や為替が変動することになる。
昨日は、米国は、感謝祭にて市場は休みだったが、本日の東京市場は大暴落。
今日の米国市場はどうなるだろうか。
あわせて、ここ数日、円高傾向だった為替は、一気に一時84円台にまで突入してしまった。
実に14年ぶりという円高水準。
日本の実力を買われての円高ではなくて、
ドル、ユーロなどほかの通貨の下落の結果としての円高。

今後は、日本政府の為替介入もあるとのことだが、
昔から言われていたドルの崩壊は、いよいよ始まったと見るべきだと思う。
恐ろしいのは、これが出口ではなくて、入り口であるということだ。
再び、リーマンショック以来の、第2波がまた世界をかけめぐることになりそうでこわい。

すでに、失業率がほぼ10%を超える事態となっている米国。
ゴールドマンサックスなど一部の巨大銀行のみ高収益の一方で、
128行もの地方銀行が破産している米国。 もうペイオフに備えた預金保険機構の資金もついに底をついてしまったという。 中堅層でも住宅ローンが払えず、食料さえままならぬ人が増大しているという。
株価だけが高くなっている金融市場はおかしいと、だれもが思っていたところだった。
偽りのものは、やがて剥がれて、真実は必ず現れてくるものだと思う。
ドルは、だれの目から見ても、異常な量が市場に出ているはず。
かつての国力が、米国にはもうないから、もう今までのようにはいかない。

年の暮れに起きることは、次なる一年を象徴することが多いという。
JALの問題は、このまま円高が続けば、トヨタ、ソニーなど多くの大企業も同様の問題にもなる。
昨年の暮れは、大量の派遣切りが問題となった。
今年は、それが依然、切実な問題となっている。
行くところまで行かないと、世の中はあらたまらないのだろうか。

大きな困難が、何とか、「難転」しますようにと、祈るばかりの今年の暮れとなりそうだ。

                                                   職人K
冬の青空1
               冬の青空に若いナンテンの木                                                                                               
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2009.11.25 (Wed)

「奇跡のリンゴ」から

木村氏

先日、もう一つ、良い課外授業番組があった。
「ようこそ先輩」の先生は、「奇跡のリンゴ」でおなじみの木村秋則氏(青森県)。
無農薬、無肥料での、いわゆる自然栽培法によるリンゴ栽培を確立した人物だ。
2年ほど前にも、テレビ番組で取り上げられたことがあった。
あれから、全く変わっていないようだ。
変わったと言えば、自然栽培法が確立されてから、
農作業に加えて、講演など超多忙な生活となったことだろうか。

30年ものあいだ、思いのブレることなく、信ずる道を歩んでこられた結果として、
今日という日があることが、あらためて良くわかった。
最初の7年は、全く花さえつけることなく、近くの岩木山に向かって歩き、自殺さえ考えたという。
授業を受ける生徒たちの真剣な顔がそこにあった。
こういう方の授業は、若者にとって、非常に意義あることだと思った。

「ありがとうさん」 とリンゴの木に語りかける木村氏の表情は誠実そのもの。
歯がないけれど、屈託のない、満面の笑顔には、丸メガネが。
思わず、
あっ!! 丸メガネだ !」 と叫んだ私。
シルバーの無垢の素材が、自然栽培農法にピッタリ。 
木村氏の人柄をメガネでさらに表現しているようにも思えた。 
とっても良く似合っていて、それだけでうれしくなった。

そんな番組放送と合わせるように、たまたま先日、
ある農業団体の招きで、その木村氏が、こちら福井にも講演に来られたようだ。
残念ながら、テレビと違って、丸メガネではなかったようだが。
持参された、その「奇跡のリンゴ」は、その名のとおり、格別の美味だったそうだ。
さすが、と感心していた。
                               シルバーの丸メガネ
                                 職人М愛用のシルバーの丸メガネ
                                       (tsujioka handmade)
ところで本日、我が家に届いたものは、長野産のリンゴ。
ここ2、3日、リンゴの話題が続いていたが、
こうして実際に美味しそうなリンゴが眼の前に現れるとは、、何てシアワセなことだろう。

世話をしている写真が、一緒に添えられていた。
木村氏の自然栽培とはいかないだろうが、
どんな農作物でも、収穫期までこぎつけるまでには、並々ならぬ苦労がある。
今年は、何かと大変な日の連続で、
リンゴの収穫どころではなかったはずだろうと想像されるが、
ただただ 贈り主に感謝、うれしくて、
このリンゴこそ、私たちにとっては「奇跡のリンゴ」に思われた。
                                                 職人K

リンゴの収穫

                      リンゴがいつぱい
                        こっちのリンゴも、きっと「奇跡のリンゴ」と同じ味だよ。



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2009.11.23 (Mon)

もみじ狩り

道行く職人M
                      枯葉を踏んで、いつもの道を先に行く人

毎日、近くの西山の美しい紅葉の写真を見ては、ある意味、
批評家として楽しませてもらっている私。
休日の今日は、朝から晴れて、最後のもみじ狩りのチャンス。
私もカメラを持ち出して、久しぶりに一緒について行った。
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2009.11.23 (Mon)

今は第三の鎖国の時代

               緒方洪庵の適塾(大阪市)  適塾


昨日のNHK番組、「未来を作る子どもたちへ」のメッセージ、課外授業は、作家の立花隆氏。
幕末、鎖国の時代に世界に目を開いた緒方洪庵の適塾を題材にしての授業。
途中から見たが、なかなか良い番組だった。

それによると、現在という時代は、3回目の鎖国時代にはいっているのではないか、という指摘だった。
すなわち、世界に対して鎖国をとっていた江戸時代。
次に、間違った情報を国民に流して世界がどうなっているのか全くわからずにいた、情報統制されていた戦時中の時代。
そして、これだけテレビやインターネットなど情報が飛び交っている時代に、
世界のことに無関心で、それを知ろうともしない人たちの増加している今日の現状もまた、
同じように鎖国の時代であるという。

過去いずれの時代も、暗闇の時代でありながら、
それでもわずかに一すじの光が射しこんでくる所があった。
その光を求めて、先人たちが一生懸命勉学をし、来たり来る新しい時代の幕開けに、
大きな役割、力を発揮していったということを若者に知ってほしいという、立花氏の授業。

そんな場所の一つ、緒方洪庵の適塾は、1000人にも及ぶ門下生を輩出したところで、
全国各地から教えを乞う若者が集まった。
福沢諭吉もその中の一人。 その勉強たるや、
夜中もずっと続いて朝方になってしまうので、「枕」が不必要だったというエピソードがある。
実際に現存されている大阪市にある適塾の建物の中に入り、
使い古された、手書きの写しの辞書なども見学して、皆それにびっくり。
恵まれない環境にありながら、この塾生たちはものすごい勉強ぶりだった。
そして何よりも、意欲に満ちていた。
そうして自ら求めて世界を広く知ろうとした先人たちの力によって、
明治維新という新しい国家の建設の土台、社会が築かれていくことになったという話。

                                          緒方洪庵
      優れた蘭学者・医学者であったばかりでなく、同時にみごとな教育者であった緒方洪庵


立花氏はいう。
「君たちが今勉強していることはちゃんと答の用意された問題の勉強ばかり。しかしながら、
これから君たちが立ち向かわなければならない問題は、おそらく答えの用意されていないことばかりになるはず。
この適塾の人のように、しっかりと勉強して、世界に正しく目を向けてほしい、と。
そのためには、英語もマスターして、日本語以外で書かれている世界の情報を正しくしっかりと
つかめるようにしなければならない」と語った。

余談に、戦時中、情報統制下にあっても、
短波から入ってきた、世界の真実の情報を知られていた天皇陛下だから、
終戦の決断が早期に出来たことなど、、なるほどと思われることだった。

「君たちの未来は、気の毒なことに、決して明るいものではない。
それどころか、かつて経験したことのないような、困難な問題が山積みの時代に立たされることになると思う。 あふれ過ぎているかのような情報の渦巻く中にあって、
自ら求めなければ真実が簡単には見えないような、今という、やはり鎖国時代のような現在にあって、どうか自ら努力してほしい、ということだった。

    立花隆
     熱弁の立花隆氏

授業を受けた生徒たちの目が輝いていた。私たち大人にとっても、貴重な話。 
すでに作家、ジャーナリストとして、
あらゆる方面に鋭い眼で深く追求していく仕事で知られる立花氏の言葉は、
生徒たちを前にして、現代の緒方洪庵の言葉のように聞こえた私だった。

                                                職人K
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2009.11.22 (Sun)

art gallery、 もみじ百景

もみじ1

もみじ2

虹

もみじ3
                                 
                          早朝の散歩より、  写真、いずれも職人М
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2009.11.20 (Fri)

秋、庭の主役

もみじの紅葉1

もみじの紅葉2

冷たい時雨に打たれながらも、今、庭でいちばんの主役は、紅葉のもみじ。
細く切れ込みの入った葉のこのもみじは、ヤマモミジ系の群雲雀(むれひばり)という名前のもみじ。
イキな名前がついている。 庭になどは、ひばりなどの鳥は来ないが、
全体の外観が群れたひばりの姿のようであるからだろうか、よくわからない。

もみじ

「ピーッ!!」 「ピーッ!!」
大きな鳴き声で、この季節からひんぱんに庭にやって来るようになったのは、
大きなヒヨドリ。 
ナンテンの木も、その実がいよいよ赤くなってきている。
毎年見ているが、この実をヒヨドリがつっつき始めるのは、
雪が降って、そこら一帯が真っ白におおわれてからのようだ。
それまでは、食が足りているのか、
あるいはその時のためにとっておくのか、、今はつつっいたりはしない。
ヒヨドリたちも、人間と同様、
いろいろ生きていく上での知恵を働かせているのかもしれないと思った。        職人K

          こちらも赤く色づいた南天の実  ナンテン

EDIT  |  12:32  |  ART K  |  Top↑
2009.11.19 (Thu)

「時代は変わる」の時

                                色とりどり
                       冷たい時雨の中、宝石箱のような色とりどりの紅葉の植木鉢


昨日は、ついにJALの株価が100円を切ったという。
一昔前の常識が、大きく違ってきている時代の今とはいえ、
さすがにびっくりした。 いよいよかな、、という感じがする。

30年くらい前には、株価は経済の6か月先を読む指標と言われた。
近ごろは、もはや株価は、ニューヨークでも中国でも、もちろん日本でも、
実体経済を反映するところの指標とはなっていないというのが、
だれの目にも明らかになってきているところ。
もはや金融市場は、世界中のどこでも、投資というより、投機色一辺倒。
近ごろの、ニューヨークの連騰の株価も、円とドルの動向も、
さめた気持ちでニュースを聞いている。
どうせ、つくられた相場だろうから、と。

しかしながら、さすがに、昨日の100円を切ったJAL株価にはショックだった。
先行きの不透明さを明らかに示す株価であると思う。
政府の支援が先に表明されたが、それ以来、再建の道筋は依然として立っていない。
現在は、JALに限らず、どの国でも航空業界は経営が成り立たなくなってきているという。
経営赤字はどこでもふえる一方のようだ。
新たな外国資本との提携の話も出てきたようだが、
先行きは非常に困難、不透明だといわざるを得ないと思う。

ずっと以前に、ボブ・ディランの話を職人Мが話題にしていた時があった。
今からかなり昔、弱冠22歳の若さにて、
その歌詞、社会への目の鋭さというものに対して、あらためて感心していた。
ボブ・ディランの若いときの唄、「時代は変わる」だ。 その歌詞のように、
時代が変わって、今まで先頭だった者が去り、ビリだった者が先頭を走る、そんな時代が
いよいよついに来たようだ。 社会全体に大きくその変化がひろがりつつある。
これからしばらくは、この世界大恐慌とともに大きく時代が変わり、
私たちはその時代の大変革期にちょうど立たされていることに、
みんなが気が付き、実感することになるのだと思う。
いろいろ考えると、先は真っ暗のようだが、
一つの時代の終わりは、やがて新しい時代の始まりということに希望を持ちたいとも思う。
 
                                             職人K

冬の晴れ間 時雨の合間に光をあびる小さなスギの木

EDIT  |  08:11  |  社会経済  |  Top↑
2009.11.17 (Tue)

ちょっと変化の「丸」

オーダーめがね

こちらの丸メガネは、オーダーめがねです。
先日のボストンタイプと同様、お客さまのほうから、
こんな形の「丸」メガネを、とご依頼のあった丸メガネです。

          オーダーめがね、

こちらの丸メガネは、一ヤマタイプではなくて、調整のしやすい鼻パッドがついた仕様です。
ちょっと横長の「丸」が、かわいらしい玉型です。 アンティックゴールド色。

ちょっと変化の「丸」も、いかがでしょうか。


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2009.11.16 (Mon)

ボストンめがね、一ヤマタイプ

ボストンめがね1

「丸」だけど、ちょっと逆三角形のような玉型は、伝統の形のボストンめがね。
こんどの色は、ダークグレイ色のつや消し仕様です。 
表面処理は、色の落ちにくい、IPメッキ仕様となっています。

ボストンめがね


遠くから見れば、この色は、黒っぽく見えるでしょうか。
山は一ヤマタイプで、鼻あての裏には透明樹脂が塗ってあります。
このボストン丸めがねも、ジェントルマンの御用達メガネです。
こんどのメガネも、気に入ってもらえるとうれしいのですが。

いろんな形の「丸」、どうぞお申し付けくださいますように。


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2009.11.15 (Sun)

みかんが豊作

ミカンが豊作

今年はみかんが豊作。
こちら日本海側で収穫出来る最北端に位置する、敦賀市大比田のみかん。
昨年は実りが少なかったというが、変わって、今年は大豊作。
11月いっぱいは、みかん狩りの人々でにぎわうという。
木から採ったばかりのみかんを食べたら、甘くてみずみずしく、とてもおいしかった。
最近は、糖度がうんと高いのが売りの甘いみかんが出回っているが、
このみかんは、昔ながらのミカンの味にして、
友人によると、この味のほうが好きだという。

今年は、新型インフルエンザが猛威をふるっている。
ワクチン接種など、対策が急いでなされているが、
今回のインフルエンザは、いつもの季節性インフルエンザと違って、
発生から症状、ワクチンに至るまで、不明なところが多すぎるという。

いずれにしても、対策は自己免疫力があるかどうかが大切なこと。
ワクチンに頼らずとも、この新鮮なミカンのビタミンCをいっぱいもらって、
何とかこの冬を乗り切らねば、、と思った。                    職人K

葉っぱのついたみかんは、絵ゴコロをそそる  みかん

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2009.11.14 (Sat)

北陸の空

北陸の空

昨晩から、冷たい雨が降っている。今朝は降ったり止んだりの空模様。
見上げれば、鉛色の空の色は、やがて訪れる、こちら北陸特有の冬の空の色だ。
どんよりと暗く重たい空は、雪をともなった、雪国の空。
風は冷たくとも、太平洋側の、スカッと晴れた冬の青空とはだいぶ違うようだ。
この鉛色の冬の空のもと、雪に埋もれる北陸人は、我慢強い忍耐力が養われるのだ、、と
昔からよく聞いたものだ。
けれど、ここ数年は暖冬にて、積雪量もぐっと少ない。
40、50年前の子供時分には、ずいぶん降った。 2メートルくらいはざらにあったと思う。
最近はそんなに積もらないが、
降れば一時的に、度が過ぎたように大量に降る、そんなパターンのようだ。

雪が少なくなったせいかどうかわからないが、
やたらサルやイノシシなどの野生動物がふえて困っている、という話を田舎の人から聞いた。
冬眠はするのかどうかわからないが、長い冬の積雪の時期があれば、活動も鈍るはずだのに、
雪が無いために、一年中活動をして、増える一方のようだ。
最近では、そこにカモシカ、ハクビシンなどの動物も加わっている模様。
山の近くで農作物を作る人々にとって、もはやどこでも、被害が深刻で、
野生動物と人間との戦い、とも言っていいほどだ。
動物を見る目の、「愛らしい」との表現から、「憎たらしい」というのに変わっていると思う。

積雪が少ないのは、温暖化の影響かどうか、私にはわからないが、
50年もの間に大きく変化してきているのであれば、
雪国の人々の気質も、あるいはそれと同じように、昔と比べれば、
何かと変化してきているかもしれない。
がまん強く忍耐づよい人、そんな人は、
自分も含めて、どんどん少なくなってきているのでは、と思う。(^^ゞ

わずかの晴れ間に、家の外に出て見たら、
今年、うんと味覚を楽しませてくれたイチヂクの木が、その大きな葉を黄色くさせていた。
なかなか味わいがある図だと思う。 描かれている木はまるで違うが、 
菱田春草の六曲一双の「落葉」の屏風が思い出されてきた。

やがてこの黄色の大きな葉も、冷たい北風が吹けば、あっという間に落葉となるはず。
曇り空のもと、しばしの黄葉の風景を楽しませてもらおう、と思った。

                                                    職人K

いちぢくの紅葉
                     黄色く色づいた、我が家のイチヂクの木

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2009.11.11 (Wed)

「木」の文化から

萩の花のある風景
                 時期おくれの萩の花が美しく映える、建物の外観

先日、木の専門家が来られて、お話を聞く機会があってから、
日頃 何気なく見ている風景の中にも、そういう意識が働き出してきて、
私も、何かといろいろ気にかかるようになってきた。

田舎なら昔からごく普通にみられた風景も、やがては時代の移り変わりとともに、
消えかかっているものも多くあるということに、当たり前のことではあるが、
そうなってしまっては、あまりにもさびしいというような気持ちがどことなくわいてきた。

古来、私たち日本人は、木とともに生きてきた。 
そして 「木の文化」を築き上げ、また享受してきたと思う。
昔から当たり前のように見てきたものが、
はじめてヨーロッパへ行った時、ヨーロッパの美しい「石の文化」にはじめて触れて見て、
我が国は、木の文化であったことを、あらためて気が付かされた。
ブーフーウーの3匹の子ブタが、それぞれ違う素材の家を作ったが、
私たちの祖先は、「木」の家を作ったのだった。
それぞれの土地環境に最も適したものであると思われるが、
この年になって私自身も、なおいっそう、その良さが感じられるようになってきた。
そして、その「木」の良さが、
以前よりずっと少なくなってきていることに、あらためて気が付いた。

今、昔みたいに、竹での骨組に泥を塗っての壁、しっくいの白壁、自然素材の外壁など、
滅多にお目にかかれない。あえて注文しようとすれば、かなり高額になるのだろうと思う。
もはや 昭和の風情の木造建築は、ぜいたくな建物となってしまった。

こちらの田舎でも、どんどんハイカラな住宅が建っている。
骨格はもちろん木であるけれど、外壁などは、新しい今の素材が使用されている。
それはそれで良い点がたくさんあるのだけれど、
どことなく平面的で、いわゆる「味」「時代」というものが無い。
多少壁が落ちかかっていても、戸がガラガラ音がしても、破れ障子の向こうに、
生活感があって、昭和までの建物は、何かしら人間味ただよう雰囲気があった。

現代の住宅には、きれい過ぎて、見た目にもそれがないように思う。
これは、個人の美意識の問題だろうか。
出来たときが一番美しくて、やがてその美しさは下降線をたどることになる。
雨、風にはめっぽう強いが、全体が息をしているとは感じられない。
暑くても寒くても、通気性というものがほとんどない。
また、大きな公共施設は、ほとんどが鉄筋かコンクリートである。
地方へ行けば、どこでも似たようなショッピングセンターの建物があり、そのどれもが、
ラスベガスの不夜城のようであるとのこと。
いずれも、地方の景観とはちっともマッチしていないとの指摘だった。

今回、お話を聞く機会があって、とても勉強になった。
こちらでは、焼きの良くない時代の、瓦の色とりどりの良さの味わい。
通行量の多い道路から、一歩入った生活道路に面した建築物の美しさ、など、
さすが超一流の専門家の美意識は、私たちの視点とは大きく異なるものだった。
話を聞いてから、私の観る目も大きく変わってきた。
身近なところに、本当に美しい風景がまだ残っている。

明治以来、西洋の風をおおいに取り入れてきたという、この150年。 これからは、
今、少なくなってきているところの、かつての時代の良さに注目すべき時であるという。
新しいものの良さを十分に取り入れつつ、
21世紀はまた、「木」の文化も含めて、
江戸時代までにすでに築かれたという、日本型文化に基づいた社会に、
再び回帰するべき時代になるのかもしれない。
                                               職人K

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2009.11.09 (Mon)

晩秋の刈込池

晩秋の刈り込み池
                  やがて雪の深い冬を迎える、晩秋の刈込池


昨日、奥越にある、刈込池(1090m、福井県大野市)に行ってきた。
すでに、湖面の向こうにそびえる県境にある三の峰(2128m)はもちろん、
周辺にある木々も、すっかり紅葉を落としてしまっていて、晩秋の風景となっていた。
10月下旬には、見事な紅葉だったと聞いていたが、ついこの前の寒波到来で、
すぐに落葉となってしまったのかもしれない。初めてこの池に訪れる友人たちにとっては、
少々がっかりだったかもしれないが、私は、晩秋のこの風景もなかなか味わいがあると思う。
祭りのあとのさびしさではあるが、
あまりに赤、黄色、茶色、と色が華やかにあり過ぎるのより、
「無」のような枯れた感じは、いかにも日本的で、なかなか良いではないか、といったところ。

休日にはたくさんの人が訪れるという、この刈込池。
この日は、早くに出発したこともあり、まだ人は少なかったが、
手軽な距離の登山コースであるのも、人気の理由の一つかと思う。
以前よりずっと体力の劣った私であるけれど、何とか友人たちと一緒について行くことが出来た。

家に帰って、山での写真を整理していたら、昔、先生が言われたことをふと思い出した。
どんなに素晴らしい風景でも、そこに、人など生物が有るのと無いのとは大違い。
大自然の風景の中に、たとえカラスでもよい、何か生物が一つ入るだけで、
その風景がなぜか生き生きとしてくる、というのは、本当に真理であると思った。
奥深い山の写真などは明らかであって、
人の入っていない大自然の風景は、美しくはあっても、なぜかさびしい。
鳥が、動物が、もちろん人間が、その頭一つでも入っていれば、
風景にイノチが息吹いてくるから不思議であると思う。

早朝の行く道で、偶然出会ったカモシカの、好奇心いっぱいのきょとんとした表情が忘れられない。

ブナの大木
池のすぐそばには、ブナの大木 (ブナの原生林は県の指定保護区に)

クリの大木
 クリの大木(樹齢300年以上)の横を行く

下山の人たち
下山の人たち、足取りも軽く、顔には笑みが、、

                                             職人K
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2009.11.08 (Sun)

遊びゴコロあふれる、38ミリ丸めがね

このたび、38ミリサイズの小さな丸でのメガネの注文をお受けしました。
大きな丸より、小さな丸の方が良いとのことで、色はシルバーです。
当然ながら、山の幅は広くなって、
ちょっと間が空いた感じが、何とも言えず、おしゃれな感じになっていると思います。
少年のような、遊びゴコロがいっばいの、大人用の丸メガネです。

38ミリのメガネ1
チタンの生地のままで良いとのことでしたが、保護のため、パラジウムを付けました。

38ミリのメガネ2
耳あてをつけて、レンズが入り、出来上がりです。
耳あての形も、シンプルな従来のものより、ミッキーマウスの耳のような、
こんな形の方が良いとのことです。
こんな、ワクワクするような遊びゴコロを入れながら、
実は、初老の年代に入られた、知性あふれるジェントルマンの方の、御用達丸メガネです。
出来あがったら、いっそうおしゃれな雰囲気になっていて、さすがだな、、と思います。

38ミリのメガネ3
クリップオンのサングラスも一緒に用意してみました。

くわしくは、職人Мのイザ・ブログにて、ご覧下さい。⇒コチラ

                               背景写真、新進写真家集(現代)より
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2009.11.07 (Sat)

早起きの鳥たち

青さぎ
早朝のアオサギ、似合わぬ人家の屋根にて何思う。

「早起きは三文の徳」と昔からよく言われる。
また、「朝は金、昼は銀、、」とも言われるように、健康に良いばかりでなく、
いろいろな意味で、朝の時間は、「金」といわれるものを多く含んでいるようだ。
毎日とばかりはいかなくても、陽の昇り始める時間の早朝の散歩を行っている職人Мが、
今朝は、めずらしい鳥を見ることができたと声をはずませながら帰ってきた。

奥越の川のせせらぎで見られるという、カワセミ。
こちらの日野川にも生息していることは知ってはいたが、なかなかお目にかかれるものではない。
まだ人間が活動していない早朝には、その姿が見られることがあると聞いていた。
上流はともかく、鯖江付近の中流でも、日野川の水がまだ美しいということの証だろうか。
職人Мの前に、サァーっと飛んできたようだ。
夢中でシャッターをきる職人Мの気持ちが想像される。
青い鳥は、昔から幸福を運ぶ鳥として言われている。
職人Мの興奮は、写真を通じて、やがて私のものとなった。          

カワセミ
水の美しいところにいるという、カワセミ。

白鳥たち
冬の時期のお客さまコハクチョウ、と カモ

早朝のキジ
「私も起きています。」 とは、キジ

                                      写真、いずれも職人М

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2009.11.06 (Fri)

イノチがよみがえっためがね

よみがえったメガネ、2

このたび、「何とかならないかしら?」 と、ご依頼をうけて、イノチがよみがえったメガネです。
テンプルの彫刻部分が折れてしまっていました。そのため、使わずにおいてあったものらしいです。
長年使用のためか、レンズは多少傷んではいますが、こうして新しいテンプルに取り替えれば、
まだまだ細かい針仕事などにも、役立ってくれそうです。

壊れたテンプル 修理完了

こうして、修理してまた使えるようになったメガネを手にすると、こちらもうれしくなってきます。

「お気に入りのメガネ、少し調子悪かったりしませんか?」
   、、、そんな時、どうか私を思い出してください。
  とのキャッチフレーズ、
また、ブログ全体を制作し、構成デザインしてくれたのは、私たちと同級生の友人です。 
(その友人の大きな指導、協力のおかげで、パソコンのイロハから教えてもらって、
何とか今日に至っています。)
また、壊れそうなめがねのイノチをよみがえらせるお手伝いがしたい職人とありますが、 
そのとおりなのです。 今、「もったいない」精神は大きく言われ出してきていますが、
ものを長く使う、というのは、ひとつのライフスタイルかとも思います。
こうして再びイノチがふき込まれて、長ーく使ってもらえば、メガネも本望というものです。 
メガネ作りにたずさわる私たちも、とてもうれしいです。

そんなメガネがありましたら、どうか一度ご相談くださいますように。
再びイノチがよみがえるよう、がんばってみたいと思います。

                                                職人М、職人K
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2009.11.05 (Thu)

「MARUめがねについては何も、、」

先日、文化の日にちなんでか、友人がたまたま美術館に誘ってくれた。
音楽と美術とのかかわりに注目した作品展。 題して、「描かれた音楽展」。
カンディンスキー、クレーの作品をはじめ、ジョン・ケージの楽譜や作品など、
いくつかの現代アート作品が公開された。
中でも、音楽家ジョン・ケージの、無音の音楽作品「4分33秒」にはびっくり。 また、
「マルセルについては何も言うまい」という題名のアクリル板の作品は、
題名も、その作品も、どちらもカッコよかった。 何か魅かれるところがあつた。
こんな地方の美術館でも、たくさんの作品を方々から集めてきて、大したものだと感心した。
職人Мの解説付きならもっとよくわかっただろうが、ともかく気持ちもリフレッシュしてきた。
非日常的な空間に誘ってくれた友人に おおいに感謝したいと思う。

日頃、なかなか縁がない、現代アート。 さまざまな形での表現方法。
無意味なようで、無意味なわけでもない?なかなか不思議な魅力に満ちている。
かつては私も、若い時、現代アートなる芸術に、おおいに関心を持った。
ポロックやラウシェンバーグ、ロスコ、、など一連の作家たちの作品にもおおいに注目した。
当時、斬新で、ラディカルに見えた抽象表現や、前衛といわれた芸術も、
その後のテクノロジーの飛躍的なな発達とともに出現した、
最近のコンピューターなどによる表現の芸術などを思えば、
当時注目したラディカルな芸術が、今は、かつての具象芸術と同じように、
崇高な古典の芸術のように思われる。
ひとつひとつが深い理念のもとにあるような重み、、それは一体何かと考えれば、
その作品の表面には出てこないけれど、
作品のウラに重ねられた人間の思考の重みであるか、とも思われた。

文化の日にちなんで、ジョン・ケージの作品名にあやかって、
私も、パソコン上でのART風なCM作品に挑戦してみることにした。
先日ほめていただいた、職人Мの似顔絵を入れて、MARUメガネのPRメッセージ版。

     「MARUめがねについては何も言うまい」 と、I WA NA I DE、
     カード、3  カード1  カード、2  カード、2

     カード1  カード、2  カード、2  カード、3

     カード、3  カード、3  カード1  カード1
     DO U KA、 「MARUめがねについて、何でもお問い合わせください」

                                            by 職人K
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2009.11.03 (Tue)

ツガの小枝から

                              山のおみやげ

今日は、文化の日。 全国的に、今年一番の寒気がおりて、一気に冬の寒い日となった。
関東地方では、木枯らし一番だという。
これからは、だんだんと温かい食べ物がひときわおいしく、また有難く感じられる、そんな日となりそうだ。温かいコーヒーも体があたたまって本当においしい。

先日、職人Мが白山連峰に登山の際に、おみやげに持ち帰って来てくれた、
実のついたモミの木のような針葉樹の小枝。 
松ぼっくりのように、開いた小さな実がとてもかわいらしい。
図録で調べたら、モミではなくて、ツガの木であるという。
山での写真では、青空に映えて、まるでバラの花が咲いているみたいだった。

今、その同じ枝が、私の温かいコーヒーのそばにある。
クリスマスグッズのような雰囲気で、絵になって、とてもかわいらしい。
このツガの木のあった白山連峰の高い山も、
昨日の寒気で、もう雪が舞い降りたはずだ。
バラの花のように開いた実には、すっぽりと白い雪がかかったと思う。
雪になる前にと、前日の好天の日に、登山を決めたのは正解だったと思う。

もう9,10年前くらいになるのだろうか。 私もそこに一度登ったことがあるけれど、
その時は、今は亡き人も一緒だった。
今はこうして、この小さなツガの一枝を手に持ち、
職人Мの写してきた写真を見ながら、昔の記憶をなつかしくたどるだけだ。
体力があったころの自分がなつかしく思い出される今日このごろだ。
                                            職人K

山の花、2
  バラの花が咲いたような、ツガの実                写真、職人М

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2009.11.01 (Sun)

今日から11月

11月のイカル
 早朝の小鳥〈イカル)、木のてっぺんにて、何 思う?      写真、職人М

いよいよ今日から11月。 
暖かだった、このところの天気も、すぐに冬型に急変するとのことで、また一段と寒くなりそうだ。
それでも朝方は、いつも元気な小鳥の姿が見られるという。

昨晩は、JALの特集番組があって、ちょっとだけ見ていた。
待った無しの対応をせまられているJAL再建問題。
前原大臣の強い意向にもかかわらず、前途は多難、くわしく知れば知るほど深刻な問題が山積だ。
特に日本の空の世界を代表するだけあって、日本航空は、
その存在自体が巨大過ぎて、どうしようもないように感じられる。
かかえているものすべてが巨大過ぎるようだ。
飛行機が大きなジャンボ機であるだけでない。
会社の規模も、かかえる赤字の大きさも、かかる費用も、今後の損失の大きさも何もかもだ。

20世紀には、何においても、大きさがものをいう時代だったと思う。
ところが、今のような景気後退になると、状況は一変。
かつての恐竜のようなもので、今までのように生き残ろうとすれば、大変なことだと思う。
かえってゴキブリのような、下等な小さいもののほうが現在にまで生き残っている。
21世紀は、これまでの時代とは、全く、逆の方向に行くと思われる。
民事再生機構で何とか再生するとしても、
その規模は、うんと小さくてコンパクトなものでないと、もう成り立たないのではないだろうか。
20世紀には空の移動が可能になって、
どれだけ社会が進歩し、人類にとって、便利で自由になったことかしれないが、
その一方で、スピードを問われ過ぎたり、あらゆる面でのマイナス面も増えてきた。
あの巨大な鉄の塊が、空を大きく飛ぶこと自体驚きで、また、かなりのエネルギーを必要とする。

今後は、いっそう観光立国でやっていかなければならない我が国であるが、
21世紀の新しい社会のキーワードの一つは、「コンパクト」「小さい」であることも
頭にいれておかなければならないと思う。
「コンパクト」という言葉、東京オリンピック2016年招致運動のときに、大いにアピールする言葉だった。
これからは、小さいもの、個々のものにこそ、おおいに光が射してくる時代かもしれないと、
暗闇の中で、一縷の望みを感じている今日このごろだ。

                                                職人K
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