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2008.07.31 (Thu)

「南米の驚異、道具を使うサル」から  Ⅱ

道具を使うという、フサオマキザルであるが、たとえば群れの中の一匹のサルが偶然石を使ってうまくいき、そのことを学習したとしても、あとあと子孫にどのように伝えていったのだろうか。
フサオマキザルの子育てはどのようになっているのだろう。

かわいい小ザルが母ザルの背中にぴったりくっついている。
母ザルは石を持ち出して、例によって ヤシの実の殻を大きな石でたたき、中身の実を取り出して食べている。自分が食べるだけで、いっこうに子ザルにはやろうとはしない。
またそれを教えようともしないようである。

子ザルも興味があって、石を持とうとするが、石が重すぎてとても持てない。
ヤシの実も食べたいところだが、なかなか分けてもらえない。
自分で採ることが出来る、木の枝の実などを食べて、横から見ているだけであった。
石を使う、というやり方は、だれからも教えてはもらわず、そばで見ていて、その技術を盗む、
というやり方のようであった。 そして体重が増え、しかるべきときが来たら、参加できるのであった。

これは、日本のモノ作りの技術の伝授の方法と一致している。
職人の技術は手とり足とり教えてもらうものではなく、
はじめはなかなか触らせてももらえず、その日が来るまで、
そばでじっと見ていて、その技術を盗む、というやり方と同じである。

法隆寺の棟梁、宮大工である、西岡常一のことが書いてある本にもそう書いてあった。
小川三夫は西岡が育てた、ただ一人の内弟子であるが(修行にはおそい18歳のときからであったが)、修行の5年間はテレビも新聞も本さえも読むことを禁じられて、ただひたすら刃物を研ぐことに精を出せと命じられた。 それが、西岡もまた 祖父から教わった宮大工の修行法であったからだ。

西岡常一の 宮大工としての職人の技術はとても素晴らしいもので、おそらくもうこのような人は出てこない、最後の棟梁と言われる所以がわかるが、それにしても 優れたものならなおさらのこと、
この方法というのは、その技術を受け継ぐ側としても、何とか自分のものにしたい、という思いが、
簡単には触らせてはもらえないことで、最高度にまで高められて、とても当を得ている方法だと常々私も思っていたところだった。

サルの道具を使う技術と、棟梁の最高度の技術とを一緒に並べて話をするのは恐れ多いことであるけれど、そんなことを思い出した。                    職人K

                西岡常一
         樹齢1000年の檜(ひのき)は、大工の技術と知恵で、
         建物になっても1000年は持ちますのや、、、。    西岡常一(1908-1995)

 

 「そのころおじいさんが法隆寺の塔頭(たっちゅう)の修理をしてました。 そこへ連れていかれ    ますのや。小学校へ上がる前でっせ。 そうしますと境内で友だちがベースボールしてますの
 や。 それがうらやましかったですな。 私は行きとうないんです。 おじいさんだって連れて
 行って何させるいうんやないんです。 そこで見とれと言うだけですわ。 棟梁教育の一環だ     ったんでしょうな。 仕事場の空気いうもんを早くから教えておくつもりやったんでしょう。
 脇でベースボールやっているのに仕事を見てないかんのですわ。 子どもですもん、遊びたい     ですわな、友だちたちと。 こんなんですから、たまに仲間に入れてもらってもベースボールが
 できませんのや。 悲しかったですな。」     
                                 「木のいのち、木のこころ」 より
                 法隆寺
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2008.07.30 (Wed)

NHK番組「南米の驚異、道具を使うサル」から  Ⅰ

驚異のフサオマキサル
たまたま見た先日のNHK番組、「南米の驚異、道具を使うサル」はとても興味深い内容だった。
そして、本当にびっくりしてしまった。

南米ブラジルの奥地に住む、フサオマキザルというサルがいる。
そのフサオマキザルは、何と、石を道具に使うサルであるという。
2008年、20年以上にもわたる研究の結果が、イタリアとアメリカの二人の女性博士によって、
世界に発表、報告された。
それにより、これまでの猿の常識をくつがえす、驚異のサルに
世界中の人がびっくりすることになったという、そのレポートだ。

これまでは、チンパンジーが最も人間に近いサルとして、その高い頭脳はよく知られていた。 
また フサオマキザルそのものも、アメリカでは、4年もの訓練の結果、その高い頭脳により、
介護の方面など、介護猿として 実際に今、活躍しているものもあるようだが、
人間が何も教えたりしないで、野生のままであるのに道具を使う、という事実がはじめて知られることになった。

石を使うのは、そこでの主要な食べ物であるヤシの実の 固い殻を割るためであった。
石はたまたまそこにある石ではなくて、1kmも離れた山の頂上に多くある固い、丸い石。
そこからわざわざ運んで持ってきたものであった。
また 石を落として割る台まで いくつか用意されている。
さらに重い石を運ぶために、人間みたいに二足歩行をすることも度々ある。
さらに、石がうまくあたるように、わざわざヤシの実を2回置き直してみるサルもある。
石を使ってその台を使う順番もあるようだ。

何より驚いたのは、見知らぬ人が群れに近づいたら、高場から大きな石を落としたり、投げつけたりもする。 その時の威嚇するボス猿の顔つきはすさまじくて、まるで戦う人間のようだった。
岩場から石を落とすやり方などは、戦国時代の城を守る兵法の一つのようにもみえる。

フサオマキザルはチンパンジーやニホンザルともちょっと顔つきが違うが、
眉のあたりの濃い、人間で言うと、弥生型よりは縄文型の、輪かくの強い顔つきのサルだった。

感心しながら見ていたら、そのフサオマキザルの顔つきや表情がなかなか良くて、
まるで哲学者のようにも思えてきた。
このフサオマキザルの研究から、これから進化の謎を解く重要な手がかりになるとして期待されるということだが、このごろいつも思っていたことだけれど、
進化か退化か、わからなく思う時がある。
最近の無表情になっている、現代の人間より、このフサオマキザルの表情、顔つきのほうが、
よっぽど知的で、高尚な顔つき、骨格に見えないだろうか?
いや、顔つきだけでない、、中身までもだ。
ひょっとしたら、現代の人間のほうが、このフサオマキザルより退化していってるのではないか、と
またまた思われてきてしまった。                               職人K


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2008.07.29 (Tue)

各地で大雨

久しぶりの雨を浴びた松の葉
久しぶりの強い雨を浴びて、乱れる松葉(雌松)

連日のこれまでのカラカラ猛暑のつけを返すかのような、昨日のひどいどしゃぶりの大雨だった。
一気に気温も落ちて身体は少し楽になったが、それにしても、午前中は、福井、金沢、富山の北陸地方が、また 午後からは 滋賀、京都、神戸と近畿地方が、たった一日のわずかな時間の間に、
ひどい大雨に見舞われた。 川が氾濫して、家の中に泥水が入り込んでいる様子が ニュースで報道されているのを見ると、ついこの前の 福井大豪雨が思い出されてきて、本当に気の毒になってくる。
ほんの一瞬の間なのに、自然災害は恐ろしいと思う。

毎年、竜巻やら、集中豪雨やら、その大きさが、中途半端ではなくなってきているように感じる。
暑さもだが、度を越していて、極端なようだ。
だれもが、長いこと生きてきたが、こんなのは初めてです、、と答えている。
やはり、これも温暖化現象なのだろうか。 
これからどんどん、この度を越したような気象が多くなるのかな、、と思うと恐ろしくなる。

厳しい暑さから、一転して、久しぶりの雨を浴びた松など、
うれしかっただろうが、夏の剪定を前に、のびた新芽の葉が 上から見ると、
ライオンの倒れたタテガミのようにみえた。
ライオンならぶるぶるっと振り払えるが、、、じっと待たなければいけない。
あまりの強いどしゃ降りに、さぞかし うれし悲しの雨だったと思う。

自力で起きれる植物は良いけれど、そうでない作物の植物、例えば稲、大豆などは大変で、
これから収穫に影響してくるから心配だ。
どうか今年は これ以上 度を越した気象にはなりませんように、
大きな台風も来ませんようにと、祈るばかりである。 職人K

コピー ~ 倒れた大豆2
 大水で一瞬のうちに倒れてしまった、大豆の畑 (こちらは京都市内の農場)
     
                                           
 
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2008.07.27 (Sun)

art gallery  丸メガネ、ぞくぞく

菓子店のメガネ君2
カップルで

菓子店のメガネ君1
 ファミリーで

 老舗の菓子店へ行ったら、お菓子と一緒に夏場のタマゴ?人形がディスプレイとして飾ってあった。
 みんなが丸メガネをかけていて、びっくりしてしまった。

  「やぁ、君たちにも もう 丸メガネの流行がいっているのかい?」 と、聞くと

  「今年は復古調の兆しだよ。 みんな、丸さ。 この前、東京行ってきたんだ。」 
  「ボクたちは 田舎にいても、常に 流行先取りさ。」
  [ねっ。」
  「うん。」   、、、               とのことだった。
                                              聞いた人、職人K
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2008.07.26 (Sat)

ど根性日々草(にちにちそう)

実生の日々草
玄関先に、日々草の花が咲いた。 これは、よそから買ってきた花の苗からではなくて、
どうも昨年こぼれた種子から、いつのまにか芽が出てきて育ったものらしい。 
実生のものは強い、と昔から言われているが、本当にそうだと思う。
こんなすき間から、今あちこちで話題になったいる、ど根性モノの日々草だ。
日差しが強くて、日中は 石はかなりの高温になると思うのに、なかなかたくましい。

めがねと日々草
「がんばっているねぇ、、、 脱帽だよ。」
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2008.07.25 (Fri)

早朝の散歩から

きびしい暑さで、なかなか夜もぐっすり眠れない。
今朝も早くに目がさめてしまった。連日、35℃続きであるから、まいってしまう。
暑苦しい一日でも、早朝のわずかの間だけである。 何とか、まだシャンとした空気がただよっているのは。 ゴミ出しのついでに、家の近辺を歩いてみた。 雑草がのびている空き地がけっこう多い。

連日のこの猛暑であるというのに、けなげに咲いている、野の花の姿がそこにあった。
外国からの横文字の園芸種の花ばかりが目立つ中、忘れてしまいそうな、昔から日本に自生している花。 
しかも、その咲いている時間さえ、ほんのしばらくの間だけの花もある。
古く 万葉集の中にも出てくるという、ツユクサの花など、その名のとおり、
朝の露が残る間だけで昼にはもうしぼんでしまう、という花である。
花の命は短い、、とは、このような花であるか、とつくづく思う。 小さくて可憐な花である。 
このごろは、こんな花の存在さえ忘れていたような気がする。
この暑さだと、葉や茎まで枯れてしまいそうな種類の草花である。日中、強い日差しのときにも、じっとがまんしているのだろう。 植物の生命力はたいしたものだと思う。

他にも、しばらく 注意深く見て歩くだけで、どこから種子が飛んできたのか、
なつかしい夏の野の花があって、しあわせな気分になった。
いかにも昔からあった日本の田舎の風景の中にある花ばかりである。
やはり 朝の時間は、特に早朝は、一日のうちで(金、銀、銅の)金といわれるのは、
もっともなことだと思われた。                             
                                              職人K

ツユクサ
 ツユクサ(露草) 昔は染料としての花でもあったらしい。


昼顔の花
 ヒルガオ(昼顔)の花  朝に花開く朝顔にたいして、昼に花開くことからその名があるらしいが、
 もうすでに花が咲いていた。


月見草
 メマツヨイグサ(待宵草)、月見草   夕刻に花が咲いて翌朝にはしぼむ花。
 早朝なのでまだ花が開いていたが、やがてしぼむと思われる。
 昔、[富士には月見草が良く似合ふ、、] というのが、国語の教科書にあったように思う。
 太宰治の[富岳百景]の中に出てくる言葉だ。


野草の風景
 ねこじゃらし(通称?)の風景、   風にゆれてなかなか面白い風景。

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2008.07.23 (Wed)

米国の行く先

アメリカ、明日に架ける橋

夏休みがもう始まっている。梅雨が明けて、きびしい暑さになったとたん、
庭のセミがにぎやかに鳴き始めた。 うなぎ上りのような気温の上昇は、このところの物価上昇と似ている。 スーパーの商品は、どれも上がり始めたように感じる。

上がってほしいのに、なかなか上がらないもの、それは株価である。 
週明け、昨日、今日と 久しぶりに13000円台を回復したが、
先週は、日経平均株価は12000円台で推移していた。 米国が落ち着けば何とかなるのではと、
また13000円くらいが底かととも、専門家の間で言われているようだが、
まだまだ先はやはり霧雲の中のようである。誰も先がわからない。
1年前からみると、日本の株価は、実に5000円近くも落ちてしまっている。 
ずっと前、鳩山法相が何億という株式損失のことを明らかにしていたが、
別にブリジストン株価に限ったことでなく、株式保有者は、ここ1、2年の間に、実に4割近くの元あった資産を失ってしまったのではないか、と思われる。 あくまで評価損であるが、巨額なマネーがほんのしばらくの間に、消えてしまったことになる。 けれど、報道されているニュースを聞いていると、
深刻な状況はいよいよこれからのようである。

米国のサブプライムローンから起こった金融不安が収束するのかと思ったら、なんと今度は、
米国の住宅公社2社、すなわちファニーメイとフレディマックの2社が危ういという。
公的資金投入の用意もあるとのことで、とりあえず平静を取り戻したけれど、その金額は、2社だけで
530兆円もあるという。 そして年金準備機構を含む日本の金融機関が26兆円、その中のひとつ、
農林金融公庫は5兆5千億円、とも報道されている。
アジアがその6割を保有と聞くが、本当のところはどうなんだろう。 聞いていると恐ろしくなってくるような天文学的数字の金額である。 グローバル時代の金融なのかもしれないけれど、 米国は、複雑でレバレッジ性の高い金融商品をあまりに多く作りすぎたのではないだろうか。
世界中にばらまかれている、債券化した金融商品。 金額が巨大すぎて、その影響を考えると、またまた一波乱も 二波乱もありそうだ。 当分まだまだ金融冬時代は容易に終わりそうもないように思う。

世界の金融市場だけでなく、実体の経済も減速、低迷の方向だ。
このところの原油高で、まず車が売れない。
米国の実体産業で、かつてのIT産業が落ちていき、住宅産業がまた落ちて、たのみの自動車産業も落ちていけば、米国の実体経済をひっぱっていく産業の、残すところは、もう一つだけ、軍需産業しか残っていない。
専門家が指摘するように、今回の米国発の金融危機は容易に建て直しできそうもないだろう。
そのための一発逆転をねらっての、軍事力で打って出るようなら、本当に恐ろしくなってくる。
中東戦争の勃発である。
すでに、イランとイスラエルの間では、ミサイルを打つなど、不穏な緊張の高まりが報道されている。

米国の民主党の候補者選びは、オバマ氏に軍配が上がった。
米国内外の多くの人が、オバマ氏に期待を寄せている。 若くて誠実さが売りのオバマ氏である。
このまま大統領選挙になれば、だれもがそう願っていると思うけれど、
経済の低迷がこのまま進むのなら、また建て直しが出来ないのなら、
アメリカという国は、昔から 覇権国家、戦略国家である、という事実が思い出されてくる。
はたして今というこの時期、国民が選んでも、国家がオバマ氏を選ぶのだろうか。
またまた 共和党ということになるのでは、と指摘する専門家がある。

昨日、今日の株高は、米国発の金融不安に対する、過度な悲観論がひとまず後退したことかららしいが、本当にそうなのだろうか。 依然、分厚い暗雲に包まれているように思われてならない。
                                             職人K



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2008.07.22 (Tue)

猛暑と音楽、シカゴ 「長い夜」

   シカゴ 長い夜

梅雨が明けて、いよいよ本格的な夏到来、となった。 ここ連日、36℃の猛暑が続いている。
ニュースによると、暦の上では、[大暑] とのこと、一年で一番暑い日の頃であるらしい。
この連日の暑さに すっかりまいってしまった。 冷房がかかった室内にいても、汗が出てくる。

こんな暑い日に、外へ出るのは本当におっくうになる。
今日も、タオルを首に巻いて、車でしぶしぶ外へ出たら、なつかしい音楽が流れてきた。
ダダダタ、、、ダダダタ、、、と始まる、ハードロックのその曲は、なんと シカゴの「長い夜」だ。
今から40年くらい前に、全米でミリオンヒットとなった曲。
音楽にはあんまりくわしくない私でも知っている、若い時によく聞いた曲だ。
ロックにブラスが加わって、とても良い感じになっている。

この午後2時前後のうだるような暑さと、このハードロックの曲のリズムが、とてもよく合っていて、
そのまま聞いていたら、相乗効果なのか、暑さもこれ以上ないようなはげしい暑さに感じられてきた。
そしたら、もう今度は それが心地よいというか、不思議なもので、
冷房をやめて、窓を全開、暑さと音楽を同時に楽しみながら、仕事をし終えて、
いつの間にか家に戻ってきた。
なかなか、よかった、、と、その話の始終を興奮しながら話したら、
「そうだろう。 きっとそう言うと思ったさ。 なつかしい曲が出てきたのさ、、、」 と職人Mが笑う。
どうやら 先にその経験をしたのは、先に車を使用した、職人Mらしい。

連日のこんな猛暑に良く合う音楽は、はげしいロックの音楽だ!! と今日はつくづく思った。
                                                  職人K
  落書きの風景
  落書きのある風景も、音楽が加わるとドラマティック。
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2008.07.19 (Sat)

暑中御見舞い申し上げます

暑中御見舞い申し上げます。
まだ梅雨が明けていないところもあり、本格的な夏はこれからだというのに、
連日、各地で最高気温を記録更新しています。
こちら福井でも、昨日は36℃を記録しました。
皆さま、くれぐれもお体に気をつけてお過ごし下さいますよう、お願い申し上げます。

そんな中、我が家の植物園のハスが大きな花をつけました。
また、そのハス(蓮)の葉には、今朝降った雨の水滴が残っていて、するする動きます。
雨が降れば、いっそう蒸し暑くて、身体はつらいですが、
夏場の花は、人間にとってはつらい、こうした蒸し暑いような天気や気温を、
必要な条件として生育するものなんだなぁ、、と思いました。
この花が美しく咲き開くころ、ちょうど新暦でのお盆(旧暦は1ヶ月遅れの8月)を迎える頃となるようです。  

てるてるぼうず、by N氏   暑い、暑い、今年は出番なしの空梅雨かい?


はす1


パソコンの中の金魚鉢、by N氏 暑い、暑い、パソコンの中に金魚鉢を入れたいくらい、、、


花はす2


花はす1





               イラスト、我が家に届いたアーティストの絵ハガキ(1991年、1992年)より

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2008.07.18 (Fri)

たまには孤高の気分

今日、仕事でまた日野川沿いの堤防を車で通ったら、この夏の暑さに
成長いちぢるしい葛の葉ですっかりおおわれてしまった木のてっぺんに、
一羽のシラサギがとまっていた。
いつもは何匹かの群れでいるシラサギだが、他の仲間の姿は近くにない。
あれっ、そこはいつもはトビか何かの鳥の場所、もっと大きな鳥のいるところ!、と思ったけれど、
シラサギはつんとすました顔でいる。
今日のそのシラサギは、ワシか何かの大きな鳥のつもりでいるような顔だった。
ハハハハ、、、と 笑いがこみあげてきた。
他は小さな鳥ばかり、、たまにはそんな気分になるのもいいんじゃないの、、と思った。
                                                        職人K

        孤高のしらさぎ
        燕雀 いづくんぞ 鴻鵠の 志を知らんや、って 思っています。 


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2008.07.17 (Thu)

高山に咲く花

毎日暑い夏日が続いている。こちらはまだ梅雨明けしていないが、今年も昨年同様猛暑なのではないかと心配になる。
漁業が一斉に休漁になったり、米国発のまたまたの金融不安の影響の心配やら、韓国からの竹島に関する教科書記載への抗議など、、次々とまた難問が続出してきての波乱の下界とはちがって、
ほんのしばらくの間の夏を迎えている高山は昔と全く変わらないようだ。
変わってしまったのは、自分の身体も同じで、もうこんな高山へは行くことが出来ないと思う。
職人Mの写してきた、2000m級高山に咲く美しい花々を見ていると、高山に登った気分。
しばし、この大変な下界の暑苦しさから逃れたいものだ。
ここは、越前と加賀の境である加越国境、白山系の別山につながる、福井県ではいちばん高峰の、
越前三の峰(2095m)である。

 三の峰 ニッコウキスゲ 2
  ニッコウキスゲの群落


高山の花1
 登山道途中のササユリ

高山の花2
 カラマツソウ

高山の花3
 ニッコウキスゲ

高山の花4
 クルマユリ

高山の花5
 ギボウシ



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2008.07.15 (Tue)

職人M作、はてなの茶碗

職人M、はてなの茶碗
職人M作、志野茶碗 (2003年ころ)

職人M、はてなの茶碗、ウラ
高台もなかなか味がある

職人Мの茶碗を久々に見ていたら、以前見たときより ずっと素晴らしく思えた。
茶碗は何も変わらないのだから、見るほうが変わったのか、それとも昔は気が付かなかったのか、
そんな時がよくあるから不思議だ。 これはやや小さめの志野茶碗。 持ち歩きの旅茶碗にちょうどよい大きさだと思う。 ほんのり紅がさして、模様としてあるアルファベットのつづりでMの字がみえる。

このバタークッキーのようなざらざらした粘土は、サイクリングの時に見つけて、その時に少し分けてもらって持ち帰ったもの。 その時の土で作ったものらしい。 私もその時一緒だったから、そのむき出しの土を知っている。 こちら越前地方は、越前焼というのがあるが、一帯にその良質の粘土がある。( ただし、鉄分も含まれているようだが。)
趣味で作陶するのに、ちょうど良い環境が整っている。

雪渓の残る別山
白山のとなりにある、別山(2399m)
            
この茶碗を見ていたら、たまたま昨日2000メートル級の山々から見えたという、白い雪渓の残る、山の風景と何か似ているところがあるように思えた。 白い長石の釉薬と、ところどころ残る雪渓の白さだろうか。
そういえば、ずいぶん昔、自作の旅茶わんなど一式を持って、登山の途中の一休みに、谷川のせせらぎの横でお茶を点てて一服いただいたことがあった。 自然の緑の中での一服はとてもおいしかった。 もうこのごろはそんな風流なことはしていないけれど、今思い出すとなつかしい。

たまたま先日いただいた豆菓子をみたら、弥次喜多道中をもじって豆道中とある。
江戸時代の東海道中膝栗毛、弥次喜多珍道中の話である。
こんな旅茶碗と豆を持って、江戸から京の都へ向かう、なんてなかなかいいなぁ、、なんて
昔を舞台に想像してみたりした。

ところで、この志野茶碗、どうして表舞台に出てこなかったのかと思ったら、実は、
落語でいう、はてなの茶碗であることがわかった。
釉薬が全部にかかっていないため、素地の目の粗いところから水が滲みだすのだろうと思う。
これくらいのものなら、そのうち漏れなくなってくるかもしれないが、
それこそ 外の、自然の中で使うのなら、はてなの茶碗でも いっこうに構わないわけだ。 
                                                  職人K      

   
弥次喜多のお菓子とお茶碗
茶碗と豆菓子


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2008.07.13 (Sun)

アートな風景、エコな風景

北海道洞爺湖サミットも無事終わった。 地球温暖化対策においては、今後、2050年までに温室効果ガス50パーセント削減との長期目標の設定が望ましい、ということで世界が合意した。 
サミットにあわせて、東京をはじめとする大都市ではいっせいに夜の照明がうんと落とされた。
しかしながら、昨日も真夏日の暑さを更新、これから本格的な夏に向け、大幅な電力需要が予想される。今年も 昨年同様、またまた暑すぎる夏なのではないだろうか。
そんな困難な状況の中で、その削減のために各自がいろいろ努力しなければならないのだが、
こちらの街中の風景は、まさにそのような努力の有効な例として、表彰に値する、エコ対策の風景であると思う。あまりに素晴らしいので 写真にとって見た。                職人K

アートな風景
どういうわけで、ここにこの植物が生えてきたのだろうか?

エコな風景
芸術家のクリストも脱帽。煙突も屋根もすべて緑化し終えている。

EDIT  |  07:19  |  ART K  |  Top↑
2008.07.12 (Sat)

「回想の山々」から  Ⅲ

白山
白山、2702m

登山で、めざす頂上にようやくたどり着いた喜び、達成感はとても大きく素晴らしい。
この目的のために私たちは行くのであるが、本格的な登山でも、ハイキングのような山登りでも、高度を稼いで上へ登っていくのはなかなかつらい。 
美しい自然の景色や 道の傍らに咲く花に見とれることはあっても、同行者があっても、沈黙の時間が続く。 人はあれこれどんなことを考えるのだろうか。
「人生は、重き荷物を背負うて遠き道を行くが如し、、」 と言ったのは、徳川家康であるという。
私もそんなことをいつも一度は必ず思う。 だれでもそうかもしれない。 
しかしながら、いつも思うことがある。 はじめ困難に思えても、あとでどんどん調子が出てきて、
案外うまくいく時もある。 反対のこともある。 思わぬことがあったり、発見によろこぶ時もある。
景色と同じで、自分の調子もおおいに変化するから、はじめが悪いからといって悲観することもない。
人生も同じであるかもしれないと考えたりする。。
また、どうでもよいようなことも考えたりする。 
忍耐と我慢の中で、ひとり思考にふける時間もなかなか良いものだと思う。

桑原武夫の場合は、今みたいに開かれている登山道ではなくて、例えば、
温見の集落にたどり着く、消えてしまった道を、谷沿いに探しながら、石垣提をいくつも越えてたどり着いている。 里から通じる道が必ずある。それは木地師としての山へ分け入る道。 
小枝の自然でない折れ方、置かれた小石などへの鋭い観察力。
都会に住む人でありながら、地図と、自らの勘で進んでいく。
一つ切り開きをみつけると、あとはどんどん進むという。
そんな時、桑原は、ラテン語の習得のことを思い出している。 
桑原武夫の山登りは、自分のラテン語の勉強のやり方にあまりに似ているように思ったという。 

  例えば、この消えた路の符牒(ふちょう)の言葉にしても、
  初めは二、三度愚かしい誤訳をやって、後戻りを余儀なくされたが、
  そのうち一歩一歩知覚が敏捷に働き出し、この文字のない言葉によって谷を左右に、
  藪をくぐってすらすら歩けて来た。
  それが気持ちよくて、帰ったら一つラテン語をやり直そうかと思ったくらいだ、、、 とある。

学者は学問でのことを、芸術家は芸術のことを、また教育者は教育のことなど、、それぞれ、おのおのの分野のことを関連づけて何か考えていたりするかもしれない、、と思うとなかなかおもしろい。

いずれにしても、山は、眺めて、また実際に登って、いろいろなことを考え、また教えてもらう、
崇高なもの、また場所であると思う。                                  職人K
    
                            桑原武夫の書
                          武生(越前市)の街中でみつけた、桑原武夫の書
                                 ( 世 短くして 意 常に多く )

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2008.07.10 (Thu)

「回想の山々」から、登山の文化史

回想の山々、桑原武夫

この本は、古いかなづかいにもかかわらず、なかなか興味深い内容を含んでいた。
まず、読んで面白い。 そして、古いけれど今なお新しい。 
さすがは、京都碩学といわれる一人、桑原武夫であると思う。
私は、ほんの聞きかじりの範囲ではあるが、この時代の、いわゆる京都学派といわれる学者たちに
昔からとても感服している。 同じころの、西堀栄三郎、今西錦司、貝塚茂樹、湯川秀樹、、、、いずれの学者も珠玉のように輝いているように思われる。 学者としての人間像、生まれと育ちの良さ、深い教養やその叡智と学問に、あこがれと尊敬を持っている。 今のようなだれもかれもが大学卒というのじゃなくて、当時の限られた、しかも最高学府の学問をうけた、いわゆる本当のエリートである。 
そしていずれの人も、山と親しみ、向き合う岳人であった。

登山の文化史、という項目がある。
登山とは、、と人間と山との対峙の仕方から、西洋と東洋、そしてわが日本について追求していく。
それによると、登山とは文明人のみ為す、文化的行為であるという。
文化のないところには登山はない。しかし、文化のあるところに登山が必ずあるともいえない。
今は知らないが 少なくともこの時代までは、古代エジプト、ペルシャ、インドなどでは文化ほどには
いっこうに登山は発達しなかつた。 それは、それぞれの地域によって、その文化によって、山にたいする態度が違うからだと言う。

日本など東洋では、信仰という要素がはいってくる。中国では、山が不老不死の神が棲むところであると同時に、山岳そのものが人間のように生きている、つまり生きた神であると信じられてきた。
特に 中国には五岳というのがありおおいに尊敬されているという。、そのうちの東岳にあたる泰山は、どっしり安定した形で、
「安きこと、泰山の如し」 ということから、「安泰」という語が出来たことは、私も知っている。
日本の富士山などもそうである。 実際に登っては信仰し、また遠くで眺めても、人は山に関心をおおいに寄せてきた。 野口英世には磐梯山があったように。

西洋ではこのような対象の山が少ないばかりか、逆に龍や悪魔の棲家と考えられていたようだ。
だから、登山が発達しても 「征服」という言葉が出てくる。
ヨーロッパの登山技術などがはいってくると、日本人は急速に受け入れ自分のものにして、海外までもその実践力を発揮するわけであるが、これは、政治的に安定していた江戸時代にすでにその地盤が出来ていたものと考えられるという。
また、万葉集の時代に 登高の意志は全くなくとも、山への観察、清純な感情、なつかしむ精神など、他国の文学にはまったくないものであるという。 日本は古から素晴らしい感受性を持ち合わせているという。

登山道の花A

いずれにしても、桑原武夫のいう登山とは、先日の私のような行動のものではない。
私の場合は 登山ではなく、ハイキングをするハイカーなのであった。
コースもすべて予定されていて、人に連れられ聞いての登山であり、地図と磁石のみを持って自分の判断で突き進むところの当時のような登山とは、全く意味合いが違う。
ヨーロッパでも昔は登山は王侯貴族のものであった。 この昭和の初めの時代もしかり。
当時の登山はごく少数の限られた人のものであったと思う。 多くの一般の人は生活するだけで精一杯だったはずだ。 登山は、一部の限られた人のみに許された、高等な趣味としてのものだったかもしれない。
ヨーロッパでも日本でも、市民社会に近代登山が起こり、現在の私のような多くの一般人が山に登るようになった歴史や社会的背景など、するどく考察していて、なるほどと思った。
登山家、ハイカー、いずれの人でも 登山をする人は いちどは読んでみたい本であると思う。 職人K

登山道の花B


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2008.07.09 (Wed)

「回想の山々」から

能郷白山と温見、本

 昭和10年頃、翻訳の仕事が続く中、山々の紅葉が見たいと思い立って、それならば奥美濃がよかろうということで、能郷白山の頂上をめざしたのは、仏文学者の桑原武夫[1904-1988)である。
当時、30歳を過ぎたころと思われる。桑原武夫は学者であるが、岳人でもある。
 私たちが今回登った道とは、全く違う、岐阜県の能郷からの昔からの道である。 
やはり密生した笹をかきわけて頂上に立てば、乗鞍、日本アルプスをはじめ、美濃の山々、そして遠くは湖水のように見える敦賀湾まで見渡せたという。 長らく訪れない故郷でも、こうした山の上から思いもかけず眺められて、なつかしがっている。 敦賀という土地は、桑原武夫の少年のころの夢と冒険心を養ったところであるという。
私たちも頂上に立って、その眺めを楽しみにしていたけれど、霞のためかかすんでいて 遠くまで見渡すことは出来なかった。
 頂上を越えて、こんどは 福井の温見(ぬくみ)へ下りる、とある。 当時の記述から、現在の今と照らし合わせることは本当に興味深い。 越前側の谷、白谷( 川の中を見ると、今でも白い岩石がごろごろしている。石英や長石を多く含む花崗岩であるという。だから白谷というのさ、と職人Mが説明する。)に沿って降りるが、石垣積み(砂防提)をいくつも越えて、やっと温見に着いた、とある。 当時、温見は二十数戸の小さな村。 その晩の宿をここに願うことにしている。
話をしてみると、私ということを ウラ、という。 故郷の方言と同じであるが、武生あたりの語尾を引き伸ばすような語調はないという。 それもそのはず、平家の落人の血を引くものというのだからか。
 
 以下、「回想の山々」より、

  用意のリプトン茶を取り出すと、皆は喜んで六、七杯づつあふり、赤ん坊にも一口ふくませた。
  そして上機嫌になつた爺さんの一人は宇治あたりの上等の茶は飲むと酔ふといふことを聞い
  ているが、これも余程高いものだろう、うらは少し酔つたやうな気がする、あんたがあのおぞい谷を
  一人で下りて来て、こんなものを振舞つてくれたのも何かの因縁だから、これに名前を書いてくれ
  と手帳のやうなものを出したのであつた。

  、、、記念撮影をするといふと、坊やはハナをかんで、ゴム靴を穿き、嫁は髪を梳かした。
  この嫁は色極めて白く、あどけない美人で、よごれた小型の素足も中々に風情があるやうに
  思つた。写真は現像してみると、この素朴な一家は揃つて首がなくなつている。
  足に気を取られた為ではないやうに思ふが。

  宿代はどうしても取らぬといふので、子供にチェリの空き缶と紙箱、家には食料の干し魚一束を
  贈つた。帰つてから玩具の機関車を一つ送つたら、
  [ 過日拙宅御立寄下候節は意外なる御無沙汰仕り云々] といふ鄭重な礼状が来た。
       (山、昭和11年1月、記)
                                         リプトンtea
                                         リプトン茶、現代、庶民タイプ

 温見の集落があったところを実際に通り、70年も前の昔に、このような山奥にて、皆が桑原武夫を囲み、めずらしそうにリプトンの紅茶を飲んでみて、わいやわいや話している情景にしばし思いをはせていた。
その後、この温見の村も もっと下流の西谷村同様、昭和40年のこの山あいを襲った大豪雨のために、廃村を余儀なくされたと思うが、そのあと今は出作り小屋のみ何軒かあるだけで、当時の村の暮らしの面影をわずかに残すだけである。
車の窓から見ていても、畑の耕作されていたらしい跡地には、とりあえず植えられた杉が間伐されずにひょろひょろ伸びたままで、何か 言いようのない哀しみがこみあげてきた。
かつては、紅茶を口にふくんでもらった、赤ん坊の泣き声が元気良く聞こえた日もあったろうにと思うと。
 
 能郷白山の上で、あるいは温見に下りてどこかで、リプトン茶を飲もうと、いろいろ演出を考えてくれていた職人Mであったが、紅葉の肌寒い季節とは違って、今年いちばんの暑い夏日、残念ながら
熱い紅茶よりは、とにかく冷たい水が何より、、という具合で、紅茶の機会は次回に持ち越されたのであった。
                                            職人K
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2008.07.08 (Tue)

県境を行く、  能郷白山(1617m)

この前の日曜日は大変暑かった。 33℃にもなったというその日、福井と岐阜の県境にある、能郷白山というところへ登山に出かけた。 前々から話が出ていた山行き、天気やいろんな日程の都合から延び延びになっていたけれど、ついにその日が来たわけである。
気持ちとしてはぜひ行きたいと思っていたが、10年近くも それなりの山には行っていない。
散歩コースとは訳が違うから、いよいよ前日になって、本当にどうしようかと思った。
同行者は二人の岳人。 つまり職人Mと、日頃お世話になっている、やはり登山にかけてはツワモノのお人と、私の三人での登山である。 心強い反面、迷惑をかけてしまう心配があった。
ぎりぎりまで迷っていたけれど、
ずいぶん久しぶりに ピカピカに手入れされた登山靴を前に、
決して無理はしない、ということで意を決して出かけることにした。

能郷白山への道
真名川ダム、このだいぶ向こうに県境、温見峠はある。

能郷白山は、最澄の開基による白山信仰の山で、昔は白山と呼ばれていたが、加賀の白山と区別するために、岐阜の里の名前をとって、能郷白山と呼ばれるようになったらしい。 山頂には一等三角点があり、日本の200名山に入っているという。 上り口は、国道157号線の県境、温見(ぬくみ)峠(1020m)からであるから、実質高低差、約600mの登山であると職人Mが言う。 マラソンでいうなら、半分以上、車に乗せてもらってからのランニングというような登山かな、と思う。

こんどの登山のきっかけとなったのは、たまたま職人Mが買ってきた、リプトンのTeaパックの紅茶からであったと思う。 今はもう廃村となってなくなってしまった、福井県の温見村。 やはり能郷白山の登山のために訪れた、桑原武夫の思い出を書き記した、「回想の山々」の中には、温見の人とリプトンの紅茶にまつわる話がある。 そこから能郷白山登山に話がすすんでしまった。

途中、職人Mの登山靴の靴底がはがれ出すなどのアクシデントがあったものの、私のような者でも、
二人の大ベテランのおかげで、何とか無事に、この登山を満喫して帰ってくることが出来た。 
また、桑原武夫の「回想の山々」にも いちだんと身近に感じることができるようになったと思う。
職人K

能郷白山、麦わら帽子後姿

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2008.07.06 (Sun)

七夕

   七夕飾り

明日は七夕祭り。 先日、ホームセンターへ行ったら、笹の葉に七夕飾りの大きな竹が店内に置かれていた。 下げられた短冊の一つには、「早く店長にお嫁さんが来ますように、、」 の文字がみえて おかしかった。
七夕飾り、ずいぶんなつかしい。 
こうして見るまで、そのような行事の季節であることを思い出さなかった。
小さな子どもでもあれば、楽しみなひとつの行事として、身近に感じたろうけれど、もうとっくに成人しているから、すっかり遠のいてしまっている。 家族が一人一人短冊に願いを書き込んで、星に願いをかける、、、そんな時がたしかにあった。 子供が大きくなった今でも 続けてすれば良いのだけれど、そんな気持ちにもなかなかなれない。 現実的で 夢がなくなってしまったからかもしれない。
今まであった、昔からの伝統行事を大事にしたいとは思うけれど、、、

子供が小学生のころ、みんなが学校で飾りつけをした、七夕飾りの大きな竹が 近くにあったショッピングセンターのフロアに置かれていたときがあった。 知り合いの人から、子供さんの短冊があった、、と教えてもらって、早速、見に行った。
大概の子どもが、自分のなりたい夢やら書いてある中、
「めがねの注文が来ますように。」 と書かれてあるのを見つけた。
その時、特に注文に困っていたとも思えないのだが、ひどくうれしかったことを覚えている。
子供なりに 家のことを心配してくれている、、、有難いことだと思った。
 
                                           めがね鳥

明日7日からは、いよいよG8首脳会議、日本で洞爺湖サミットが開幕となる。
地球温暖化対策だけでなく、今の原油、食料価格高騰問題をはじめとする世界経済について討議される予定らしいが、今年ほど厳しい、切羽詰った問題になっている年はないと思う。
良い方向が示されるかどうかは、福田総理大臣の指導力、手腕が問われるようだ。
また、会議が無事とり行われるよう、警備の面でも厳戒態勢であるとのこと、
首相官邸前、また現地の洞爺湖では、きっと、
「どうかサミットが大成功に終わりますように、、福田」
「無事にサミットの日程が終わりますように、、福田」 などなどの、
たくさんの短冊が重過ぎるほど吊り下げられた、七夕飾りがあるのではないか、、と思われる。
実際のところ、今のような、これまでなかったような、異常とも思えるような世界情勢に対して、
何か 未来に展望を開くような方向性を示してほしいと願っている。          職人K

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2008.07.05 (Sat)

沖縄の風

パイナップル

先日、知人から、沖縄のおみやげだといって、大きなパイナップルを2つも頂戴した。
沖縄のものは、他国のものよりも、甘くておいしいとのことだ。
あらためて、良く見たら、表面は、本当に松かさ(パイン)のよう、
それで パイン・アップルかぁ、、、なんて、今頃 感心しだす始末。
日頃、当たり前のように知っている名前も、あらためてその名の由来などに、気が付いてびっくりしたり、納得したりすることがある。 50年以上も、何も知らずによくきたものだ、、と恥ずかしながら、思うことがある。

さて、パイナップルを箱から取り出したら、箱の中から くしゃくしゃになった新聞紙が一緒に詰めてあった。 シワをのばしてみたら、沖縄タイムスという、地元の新聞だった。
新聞の中の記事の 一枚の写真が 目にとまった。
沖縄の青い空にうかぶ白い雲の形がとても面白い、というものだった。
                           沖縄タイムズより

「青空に雲の芸術、見つめ合う男女」 と、ある。
沖縄在住の人がたまたま車を運転しているときに見つけた白い雲の風景だそうである。
うーん、たしかにそのように見えるかも、、、と笑ってしまった。
私もそのような経験がよくある。イメージが豊かなのか、あるいは妄想がひどいのか、
自然の中のいろんな形をみつけては、何かに似ていて、おかしくて仕方のないときがよくある。
想像力が長けすぎているのかもしれない。 何も感じない人より、ある意味、しあわせなことであるかもしれないが、、、それにしても、沖縄にも 私のような人がやっぱりいるのだなぁ、、と思った。
このシャッターチャンスを逃すまい、とあわててカメラを取り出して 写真を撮っている様子をまた想像すると、またまたおかしくて笑ってしまう。

かつて、学者である、武生の先生から、
「イメージこそ、学問の重要なポイントである。 イメージも能力の一つ。 イメージが有るか無いかで
学問の奥行きが全然ちがう、、イメージのない学者の学問は、やはりだめだな、、」 と、つぶやかれたことを憶えている。 豊かな想像力というのも、レベルこそ違うが、一般の人の間でも やはり人生を豊かにしてくれる能力のひとつかもしれない。 たとえ それが妄想の域に入っていたとしても。

パイナップルの贈りものは、沖縄のその美味しい味とともに いろんな沖縄の風を
我が家に運んできてくれた。                                 職人K

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2008.07.04 (Fri)

愛着のメガネをもう一枚

修理のめがね、愛着のメガネ

いつもお世話になっている取引先の小売店から、同じタイプのメガネをもう一枚、作ってほしいとの依頼をうけて、今日、そのメガネが出来上がりました。
古いメガネの玉型とまったく同じで、あとはテンプルなど、良く似たイメージで仕上がりました。

昔、たまたま、あるいは、熟慮の末に選んで購入し、長い年月、それを愛用しているうちに、
ますます愛着がわいてきて、もう それでないと他のものはいやだ、、というような、お気に入りのものって、ありますよね。 洋服でも、靴でも、カバンでも、、もちろん、メガネだってそうです。
そして、それらが古くなって、全く同じものがほしいと思って、あちこち探して歩いても、
もう、なかなか同じものは そうあるものではありません。
他のものならあきらめるしかありませんが、メガネに関していえば、そんな時は、
どうか 一度ご相談ください。 もちろん修理できる場合もありますし、古いレンズを生かして
同じようなタイプのものを作ることも可能です。 全く同じものというわけにはいきませんが、
同じイメージに近づけることは可能です。 
古いものの命がよみがえることは、とてもうれしいことです。
ただし、すぐにというわけにはいかないので、お時間を下さいますように。(^^ゞ (職人Mより)


さて、メガネではありませんが、
ずいぶん何年も使用されずに ほったらかしになっている、登山靴があります。
それを、これから先、近いうちにどうも使うことになりそうなので、、、
このままではいけないと、職人Mが手入れをしてくれました。
シュッ、シュツ、シュッ、、、と靴を磨く音がして、それと同時に、何かなつかしいような、靴磨きのクリームの匂いが、、玄関にただよいはじめました。
出来上がり!! の声に、あらためて登山靴を見てびっくり。
何でも、やはり 日頃の手入れが大事なんですね。
みちがえるようになった登山靴、うれしくなりました。
                                        くつのお手入れ

私の場合は、手入れを怠っていてだめですが、
メガネでも、ペンでも、、、カバンでも、登山靴でも、、、また辞書のような本でも、、
だれでも 愛着のもの、ってありますね。
そんなのがある、ということは しあわせなことだと思いました。             職人K

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2008.07.03 (Thu)

チタン板削り出し丸めがね

今日は、チタンの板材を使った、丸めがねをご紹介します。
ご案内は、ボク、石川県は深田久弥記念館(山の文化館)のお土産コーナーから来た、昆虫タロウです。ボクは、木と金属の針金から出来ています。
最初は、良く出来ているなぁ、、と感心もされましたが、そのうち、忘れられて
普段は、石の上にころがっています。
昆虫くん


こっち、こっち、、、ほら、このめがねです。
チタン削りだし丸メガネと昆虫、2


じゃーん! これです。 チタン板削り出しの丸めがね、です。
チタン削りだし丸メガネと昆虫

このメガネについて、職人Mにインタビューしました。
    このメガネは私がこの企画を始めるきっかけになった眼鏡です。
    丸いめがねをモノコック(一体物)のフォルムで作りたい。溶接部分が少なく、
    プラ枠のようにシートから削りだしチタン材で軽く耐久性があって、
    それでいて存在感のある眼鏡枠を、と形にしたのがこのメガネ枠でした。
    このメガネのサイズは42ロ26-140です。わかりやすく言うと、
    レンズの大きさが横幅42mm鼻幅26mm、ツルの長さ140mmという事です。
    顔の大きさで言うと、普通の成人男性の顔の大きさですね、、

2枚のメガネ

先日、丸めがねの中でも、特に、
この、チ、タ、ン、け、ず、り、だ、し、という言葉に、ひかれるなぁ、、、なんて声をいただきました。
そして、この丸めがねですが、
カブト虫とか、ボクみたいな昆虫のボディと似たような肌のメガネにすることも出来ます。 
茶色、グレー、黒、、以外でも、希望の色をお申し付けください。
どうか、よろしくお願いします。

                                      昆虫タロウ、職人K
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2008.07.01 (Tue)

art gallery いよいよ7月

夏みかん1
日本海の風をうけた、野趣あふれる夏みかんをいただいた。

夏みかんとめがね3
レモンイエローのこの色は、夏の感じ、、、

夏みかんとめがね1
ん? what ? もう、はや7月ですって?

夏みかんとメガネ2
光陰矢の如し、学成り難し、我、本を読む、、じぃーっ、眼光紙背に徹す
                                              写真、構成、職人K

                             
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