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2007.11.28 (Wed)

老い、について   Ⅲ


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私の先生は 10年前に亡くなられた。 81歳であった。 尊敬する師、であった。
もともと心臓が弱かったが 亡くなられる1年ほど前に 大事な話があるから、ということで家へうかがった。 腎臓のほうもわるいらしくて あと1年くらいかと思う、と別段いつもと変わるようでもなく 淡々と言われた。 それで こちらがびっくりしてしまってかなり動揺していると、 先生は 
[ はっはっはぁー、、]と大声で笑われて、
[ 人間、いつか死ぬわいね。 早いか、おそいか、だけだ、、それよりも、、] と 自分のことより 
こちらのほうへの これからのことを述べられた。
 その後、医者の言葉どおり だんだん体力が消耗していき、最後には
繰り返しおそう、痛みとの戦いのうちに息をひきとられた。
見ていて つらくなるほどの壮絶な痛みのようであった。しかしながら
取り乱すわけでもなく 痛みの弱い間には普通に話されるなど ザ、ラストサムライ、として 
その名の通り 尊厳ある最期であったと思う。

 その一方で 大学病院が職場である、身内のものから 最近の医療の現場の話を聞くことがとても多くなった。 とても先生のような、尊厳ある最期ばかりではないようだ。 その人のかつての人格などもうなくなっていることが多いという。 そして 慢性的な 人手不足から 医療の現場もみんな疲れはててしまっているように思う。 聞いていると 気の毒なほどだ。

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老い、というものが病気を呼び込むのか、また病気が 老い、を加速させるのか、視力や聴力が衰えるのと同様に 精神をつかさどるところの、脳の中枢が衰えることだってあって当然である。 身体の老化や病気は本人のせいでは全くない。 いくら理屈ではわかっていても やりきれないつらいものがある。
 ノーベル賞受賞者だって アルツハイマーにおそわれることがあるのである。 不運にも。 いくらよい事をした人でも どんな悪名たかき人でも どのような最期になるかは まったくわからない。
運がよいか、悪いかのどちらかであると思う。
 そして今 老い、の最期は 家庭から 病院や介護施設に移ってきている。 また かつての人格ではなくなった人の表情とはうらはらに
そこで その事情をまのあたりにする親族や医療従事者は 
人生とはこういうものか、と哲学的な表情になるに違いない。
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