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2007.11.23 (Fri)

不易流行について

学生の時、授業で「現代芸術論」という授業があった。講師は当時で70歳はとうに過ぎた、おじいちゃんであった。その人の名前は小牧源太郎という画家であった。全然知らない名前の人であったし、一見画家には見えない人だった。しかし、その人こそ日本でシュールリアリズム絵画の先駆者の一人であった。
komaki2.jpg
小牧源太郎
民俗病理学(祈り) 162.1×130.3cm 1937年 京都市美術館所蔵

京都の町に住み、週に一度だけこの授業のためにだけ外出するのであった。いつも、サスペンダーのズボンを履き授業の内容は、老子、荘子の話から、瀧口修造との交友関係のことやら、果ては密教の話と当時20歳足らずの若い僕たちには、何のことやらほとんどわからなかったが、とんでもない重要な内容ではなかったかと、今になって思われる。

ある日、試験の代わりに、レポートの提出の宿題があった。テーマは「不易流行」についてだった。何のことか皆目検討がつかず、調べてみると、松尾芭蕉の理念の一つだった。と言っても何のことかわからない。意味としては、時代を超えて変わらないものと、時々に求めて変化していくものと、そのいずれも、基は一つなのだということらしい。

確か僕はよくわからないまま、ジャズのジョージルイスというデキシーランドジャズの人と、前衛ジャズのオーネットコールマンとの比較の中で、不易流行について書いたと思う。

30年以上前なので何を書いたかよく覚えていないが、、
それ以来、「不易流行」という言葉が、ものの推移を語る上で、いつも、頭の中にあって、表面は変わっていっても、その本質は変わらないものこそ「本物」じゃないかと思っている。
うまく言えないが本物に出会うと、「造形言語」というかオーラがでているように思われる。
職人M
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