2007年11月 / 10月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫12月
2007.11.30 (Fri)

ポール・スミスの服、2008コレクションから   丸メガネ

po-ru.jpg

今日の新聞を見て、あれっ、とびっくりしてしまいました。
なんと うちのコレクションのメガネかな、と思ってしまいました。

 紹介してあったのは 日本でも人気ブランドである、英国のポール・スミスの女性向け新作コレクション。 クラッシックでありながら、遊び心をちりばめた服だそうです。
 それによると、
[ 何があるのか分からない、わくわくする楽しさ。そういう感受性が今の時代、必要だと思う。]ということで 服だけでなく、ライフスタイルまで提案しているとのことです。

 職人Mによると [ ボクを いつも 時代が追いかけてくるのさ、、] の言葉の通り、そばで見ていると 不思議に 何でも 流行を先がけて前を行っていることが多いからびっくりしてしまいます。
[ 別に真似をしているんじゃなくて みんなが真似をするのさ、]なんてです。
 この写真のものはセル枠のメガネらしいですが、それをチタンの金属で作るから またよいのだそうな。
 太い黒ぶちの丸メガネが こういうふうに 女性用としても とてもおしゃれなんだな、とつくづく感心してしまいました。

 それならば、とポール・スミス風にコーディネイトしてみました。
女性の皆さん、いかがでしょうか?  メガネはチタン材一枚板作りのものです。    職人K
fuku2.jpg

EDIT  |  00:14  |  めがね関連  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.28 (Wed)

老い、について   Ⅲ


kouyou.jpg

私の先生は 10年前に亡くなられた。 81歳であった。 尊敬する師、であった。
もともと心臓が弱かったが 亡くなられる1年ほど前に 大事な話があるから、ということで家へうかがった。 腎臓のほうもわるいらしくて あと1年くらいかと思う、と別段いつもと変わるようでもなく 淡々と言われた。 それで こちらがびっくりしてしまってかなり動揺していると、 先生は 
[ はっはっはぁー、、]と大声で笑われて、
[ 人間、いつか死ぬわいね。 早いか、おそいか、だけだ、、それよりも、、] と 自分のことより 
こちらのほうへの これからのことを述べられた。
 その後、医者の言葉どおり だんだん体力が消耗していき、最後には
繰り返しおそう、痛みとの戦いのうちに息をひきとられた。
見ていて つらくなるほどの壮絶な痛みのようであった。しかしながら
取り乱すわけでもなく 痛みの弱い間には普通に話されるなど ザ、ラストサムライ、として 
その名の通り 尊厳ある最期であったと思う。

 その一方で 大学病院が職場である、身内のものから 最近の医療の現場の話を聞くことがとても多くなった。 とても先生のような、尊厳ある最期ばかりではないようだ。 その人のかつての人格などもうなくなっていることが多いという。 そして 慢性的な 人手不足から 医療の現場もみんな疲れはててしまっているように思う。 聞いていると 気の毒なほどだ。

kirikabu.jpg

老い、というものが病気を呼び込むのか、また病気が 老い、を加速させるのか、視力や聴力が衰えるのと同様に 精神をつかさどるところの、脳の中枢が衰えることだってあって当然である。 身体の老化や病気は本人のせいでは全くない。 いくら理屈ではわかっていても やりきれないつらいものがある。
 ノーベル賞受賞者だって アルツハイマーにおそわれることがあるのである。 不運にも。 いくらよい事をした人でも どんな悪名たかき人でも どのような最期になるかは まったくわからない。
運がよいか、悪いかのどちらかであると思う。
 そして今 老い、の最期は 家庭から 病院や介護施設に移ってきている。 また かつての人格ではなくなった人の表情とはうらはらに
そこで その事情をまのあたりにする親族や医療従事者は 
人生とはこういうものか、と哲学的な表情になるに違いない。
EDIT  |  10:10  |  学問  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2007.11.26 (Mon)

老い、について   Ⅱ

DSC_4636.jpg

 老い、とはだれにもいつかやってくるものである。
生き物として この世に生まれたならば、つまり 人間として この世に生まれた瞬間から 死に向かって生きている、ということになると思う。  そしてその前には 必ず 老い、というものがある。昔、地理の授業で 山々の形状によって 青年期の山、壮年期の山、そして老年期の山というのに分類するのがあったことが思い出された。火山もそうだが 侵食や溶岩の流れなどによって形が変わっていくことは 小学生でも知っていると思う。ただしそこに 死、というものはない。生き物の成長、一生になぞらえているだけである。
 この歳になってくると このごろしきりに自分でも老い、ということをつくづくと考えさせられることが多い。ただし 自分の死、ということになると 元気な今においては もうひとつピンと来ない、まだまだ先にあるものとしてしか考えられない。
 この死、というものについて考えると 自分では経験できるものではないから 我々は 自分のまわりの、たとえば肉親などのそれによって それを経験するのである、ということはよくわかる。
 そして 老い、というのは全く自然のことなのであるから、今さら 問題として大騒ぎするのではなく、 解明すべきことを考える、ひとつの課題としてひとりひとりがとらえてほしいという結論であった。

 ところで氏によると フランスのパリの学校では週に8時間も哲学をする授業がなされているようである。心と身体の関係などについてというふうに。 哲学とは 西洋発ではあるけれど もうどこの国においてもそれなりに消化して独自のものがじゅうぶん根付いているはずであるから そろそろ 日常的なことにおいて 哲学的な作法、というものを 自ら考えてもらいたい、ということだった。

 そして氏は 生け花の世界にあった、ある華道家について非常な衝撃、感動というものを受けられた話をされた。それは たくさんの枯れた、死んでしまっている花を表現、いわゆる花の死を見届ける前衛作家の話をされた。

 花、というのが出てきて 私はそこで 常々見て感じるものがあるところの、ある花を思い出した。それはアジサイの花である。
EDIT  |  23:44  |  学問  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.25 (Sun)

鷲田清一氏の講演、  [老い]について  Ⅰ

momigi.jpg

昨日は鷲田清一、現大阪大学総長の講演を聴きに出かけた。
[老い]がテーマの講演であった。 氏は哲学が専門、最近その多くの著書、またテレビ、新聞などでも時々御活躍、現代人にとっての哲学ということで 私たちにあるべき方向というものを示唆されている人である。 場所は 石川県の西田幾多郎記念館。 氏によると 西田先生からみてひ孫にあたる立場、そのご先祖さまにあたる、この場所での講演は緊張してしまう、とのことだった。
 
 以前から 氏の著書を何冊か読んで前々から気になっていた、また一ファンである職人Mにとっては やっとめぐり会えた、とてもうれしい日であったようだ。 前々から このような人にこそ、自分の丸メガネをかけてほしいと言っていたのを覚えている。 そして偶然にも 氏は若い頃に 福井県の鯖江市にある期間だけ住んでおられたこともあり、実際まだ遠く血縁の人もあるとのことだった。

 氏は 常々 ファッションにおいても哲学がある、と述べておられることは知っていた。 そして 昨日のお話を聴いて 私たちのメガネを作る、という点においてもそうあるべきだ、とあらためて理解し、 また今後の方向というのに おおいに私たちの希望、また励みになって帰路につく結果となった。
 たとえば着るものなら、着た瞬間に はっ、と今までとは違う、その違う何かの中に 哲学を見出すということ、それならば 私たちでいうなら メガネについても同じことが言えるのではなかろうか、と考えた。
 メガネをかけてみたら、あれっ、と心地よいフィット感、またしっくり顔ととけ合う見た目のよさ、よく似合っていて 何かしらその人の人格そのものを表現しているような、人とメガネとの一体感、という今までと違う何かを メガネに表現できはしないだろうか、と 職人Mも考えていたに違いないと思う。
 哲学とは 決して 限られた人の、学者の間だけで語られるものではなく、 昔からの 生きる、ということのみならず 着る、ということや 待つ、といこと また聴く、ということなど 毎日の生活の中にも おおいに哲学を見出して考えてもいいのでは、ということだった。 そして それを解釈し、言葉にしてあらわすのが哲学者の使命でもある、とも。

 そして 今回のテーマである、[老い]ということに話がいくのであるが 聴いていて 昔とちがって 生活スタイルから何もかも変化してしまった現代においては だれもが避けては通れない、このテーマを考える場合、大変な時代に生きているということがあらためてよくわかった。 昔の時代にはそれなりに 老いた人の居場所というのがあったものだが 今はまったくといっていいほど その範囲がせばめられているということ。
そして いよいよ最後の その場所は 病院や介護施設に全部移ろうとしていること。 また 受け入れる側の 最後の場所では悲鳴にも近い声が聞こえてきているという現実があることなど、、、。

 [老い]とは今後、私たちにとって問題ではなく だれでもに問いかけられた、課題として考えたい、ということだった。  職人K
EDIT  |  18:55  |  学問  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.24 (Sat)

文化の秋、 作品展より  陶板

 文化の秋である。あちこちで その作品展が開かれている。
絵画、書道、工芸、造形、、あらゆる部門においてだ。

ka.jpg
時代は変わる、職人M作

k2.jpg
ふたりは仲良し、職人M作

具象、抽象、、、いろいろあるけれど やはり こんなのが ほっ、といやされる。   職人K

いずれも 市民作品展、出品作品 陶板 2007、11、23
EDIT  |  09:49  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.23 (Fri)

不易流行について

学生の時、授業で「現代芸術論」という授業があった。講師は当時で70歳はとうに過ぎた、おじいちゃんであった。その人の名前は小牧源太郎という画家であった。全然知らない名前の人であったし、一見画家には見えない人だった。しかし、その人こそ日本でシュールリアリズム絵画の先駆者の一人であった。
komaki2.jpg
小牧源太郎
民俗病理学(祈り) 162.1×130.3cm 1937年 京都市美術館所蔵

京都の町に住み、週に一度だけこの授業のためにだけ外出するのであった。いつも、サスペンダーのズボンを履き授業の内容は、老子、荘子の話から、瀧口修造との交友関係のことやら、果ては密教の話と当時20歳足らずの若い僕たちには、何のことやらほとんどわからなかったが、とんでもない重要な内容ではなかったかと、今になって思われる。

ある日、試験の代わりに、レポートの提出の宿題があった。テーマは「不易流行」についてだった。何のことか皆目検討がつかず、調べてみると、松尾芭蕉の理念の一つだった。と言っても何のことかわからない。意味としては、時代を超えて変わらないものと、時々に求めて変化していくものと、そのいずれも、基は一つなのだということらしい。

確か僕はよくわからないまま、ジャズのジョージルイスというデキシーランドジャズの人と、前衛ジャズのオーネットコールマンとの比較の中で、不易流行について書いたと思う。

30年以上前なので何を書いたかよく覚えていないが、、
それ以来、「不易流行」という言葉が、ものの推移を語る上で、いつも、頭の中にあって、表面は変わっていっても、その本質は変わらないものこそ「本物」じゃないかと思っている。
うまく言えないが本物に出会うと、「造形言語」というかオーラがでているように思われる。
職人M
EDIT  |  21:38  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.22 (Thu)

オブジェという言葉について

オブジェという言葉を耳にしたのは、僕が学生時代の頃だったと思う。あの頃は、パフォーマンス、ハプニング、イベント、オブジェ、など、今日良く耳にする言葉だが、30年ほど前には、いわゆるアートの世界でのみ、成り立つ言葉だったような気がする。
その中で「オブジェ」という言葉は、自分なりに解釈した意味としては、「作者のコンセプトを具現化した使用目的のない(もの)」であった。
学生時代の友人にK君がいる。彼とは土方のアルバイトで知り合って以来、ひょんなことからジャズの事、美術の事など、今日まで話し合ってきた30年以上の付き合いである。
学生時代、その彼が僕に「オブジェの店」って知ってるか?と言ったことがある。
「オブジェの店」と言うのは、詩人でシュールリアリズムの旗手であった瀧口修造氏がダダイストで現代美術の父と言われたマルセルデュシャンに送った手紙に書いた、「架空の店」の事だった。
izumi.jpg
マルセルデュシャン「泉」(1917年)

K君はしなやかな感性の持ち主で、いつも新鮮なニュースを教えてくれる、デュシャンの研究、荒川修作、チャーリーパーカー、会うたびに驚く事をしている。今はバギーという浜辺を走るバックが出来ない車で出勤しているそうだ。彼自体がアート的な存在である。
20071122201036.jpg


僕は彼にいろいろ感化され続け、それ以来30年、僕なりにオブジェレストラン、オブジェのメガネを作って架空のオブジェ美術館を作ろうと思い続けている。今回、自分のオリジナル眼鏡を作る際、「オブジェ」と言う言葉を使いたいと思い、眼鏡の機能を持たないオブジェとしてのメガネ、デザイン的ではなくアート的なメガネも作りたいと思っている。

20071122201920.jpg

「夜は千の眼を持つメガネ」1984年ごろ M製作
職人M
EDIT  |  20:33  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.21 (Wed)

野口みずき優勝    芸術は爆発


   先日18日北京オリンピック女子マラソン代表選考会でもある、東京国際女子マラソンで 野口みずきが 大会新記録2時間21分37秒という、輝かしい記録でもって優勝した。 素晴らしい、の一言に尽きる走りだったと思う。
 選考委員になっている人も 文句のつけようのない、驚異的な素晴らしい走りだ、と絶賛していた。 この日は 20℃まで気温が上昇、冬にしてはむしろ暑さがつらい日だといっていたが 35キロを過ぎてからの しかも急な上り坂でむしろ力を発揮、並行して走っている2番走者をみるみる引き離し、決着をつけた。 野口選手は上り坂に強い、ということだったが ゴールでも笑顔でVサイン、いえ3本指を立てて 余裕のゴールだった。
  解説者の話によると この2年間は怪我や故障で苦悩の日々だったとか、それを乗り越えての 今回の素晴らしい結果だという。 残った仕事をしながら 私も中継に見入ってしまって ずっと応援、ついに優勝のときには やったー、っとうれしくて仕方がなかった。
 このところ何においても閉塞感のただよう日本だが この日ばかりは 野口選手の走りがどんなに頼もしく感じられたことか、と思う。 本当に力強かった。
  昔からハングリー精神の持ち主、 41キロのか細い身体なのに 相当強い意志、精神力の持ち主であると思う。 何よりも きらきらと輝く目が印象的であると思う。 そしてとてもさわやかだ。 近頃 こんなにきらきらと輝く目を持った人はいないのではないかと思う。 とにかく走るのが大好きということらしい。
  大会の前日、インタビューで 調子も絶好調、明日は爆発したいです、と言っていたのを聞いた。 [爆発]という言葉がよく出てくると思ったら、なんと 岡本太郎の大ファンであるという。氏のいろんな著書も読んでいるという。  岡本太郎は いつも [芸術は爆発だ。]と言っていた。
EDIT  |  21:10  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.20 (Tue)

千与四郎[利休]の図    

20071120220948.jpg
 横山大観筆 千与四郎より 六曲一双 部分

 千利休の先生は武野紹鴎[たけのじょうおう]である。
利休は、はじめ北向道陳[きたむきどうちん]に茶を学んだが 道陳の勧めで 19歳の時、武野紹鴎の門をたたくのであるが 庭掃除を命じられた利休が、掃除後、わざわざ樹木から葉を落として風情を楽しむさまを見て 入門を許された、という有名なエピソードを描く。横山大観筆、院展出品作

若い頃に知ったこのエピソードを たまに庭掃除などすると思い出すときがある。
日本人の美意識のもととなるような一つ、かと思う。 職人K


EDIT  |  22:50  |  学問  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.18 (Sun)

ブッシュ大統領のお茶席

20071118125844.jpg


 何年か前、米国のブッシュ大統領夫妻が来日したことがあった。
数日間の滞在の中で 京都への日程もあった。
外国からの来賓があるといつもの日程だが 必ずと言っていい程 日本の伝統文化である、茶の湯の体験が組み込まれるようだ。
たしか 金閣寺だったと思う。あるいは その周辺かもしれない。
VIPであるから 大勢のSPをはじめとする人をしたがえて歩いていた。お茶席に案内されて 靴を脱いで入らねばならない、とわかった時、ローラ夫人に言った言葉、というのが思い出される。
 ブッシュ大統領、[ローラ、今日の靴下の穴は 大丈夫だろうかね?]
 ローラ夫人、  {大丈夫ですよ。穴はあいていませんから。]
いたずらっぽい、いつもの笑顔でのユーモアに 一同 大爆笑だったとか。 これが米国である。 いかにも米国らしい。 センスがある。
あらたまったお茶席に招待されると 緊張してしまうが ブッシュ大統領式でよいのではないか、と思われる。  職人K
EDIT  |  12:54  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.17 (Sat)

焼き物の魅力と鑑賞

 焼き物は 太古以来存在する、土と火という原始的なものによって産み出される。
そしてその出来様は 神のみぞ知る、と言われるように
土と釉薬、火の温度によって、その組み合わせいかんで いかようにも変化する。
今までの経験の積み重ねによって ある程度は想像できると思うが ちょっとしたことで全く違う出来になってまうことが多いという。
 それで すでにある傑作、いわゆる名物と言われる物は 作り手のかなりの経験、努力、研鑽の積まれた結果によるものと想像される。
当然 それの芸術的価値、また金銭的価値というものは高い。
古のものとなれば もう作り手は存在しないのだからなおさらだ。

20071116210859.jpg
志野茶碗、職人M作

 安土桃山時代になると それ一つが一国の領土にも匹敵するような価値あるものと見られた時もあった。 もちろんそれには理由があったと思うけれど 自由都市、堺に育った、日本の誇るべき 茶の湯の文化が背景にある。 武野紹鴎、千利休など すぐれた茶人の多くは堺の町衆である。 焼き物の中でも 日常生活に使う、つぼやかめ、食器の類ではなくて いわゆる、茶陶において その芸術的価値、見どころを見出すようになったと思う。 そして茶の湯の文化は 今なお続いている。
 私も若い頃 人並みに茶道を習得しようと始めてみた。ただし長くは続かなかった。 作法に始まり 形式を何より重んじるようで 一期一会はわかるけれど 精神的なものが伝わってこなかった。 また若いから 茶を喫する、という楽しみまではわからなかった。 若いときは 箸が落ちてもおかしくて仕方がない、という具合だったから なおさらだ。
 
EDIT  |  22:00  |  学問  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.16 (Fri)

一日の旅  これもまた随縁

 可児市への旅は またまた出会いのある、充実した旅であった。  たまたま 帰省中の子どもも一緒であった。 夜7時前には彦根に到着、西の京へ 東の北陸へと それぞれに 思い出を胸に 帰路についた。
明日からはまた それぞれの場所で またいつもの日々の生活につかなければならない。
たった一日にして なつかしい人、新しくはじめての人、と 短い時間に会って話をしたり聞いたりした。いずれも皆、黄瀬戸など桃山時代に焼かれた桃山陶に魅かれに魅かれた人たちであった。
 美濃において  その名も残さず しかし今なお燦然と輝いて現代人を圧倒させる、また惹きつける、偉大な芸術品を産み出した、古の人は 素晴らしい。 その作風、その完成度を目指して 多くの人が今もなお それに近づくべく努力しているが 簡単には人を寄せ付けてはくれない。
 その方法は人それぞれに千差万別、様々な道が用意されている。
ただし 求める者のみ その道は開かれるようである。 そう思った。 
そして 美濃のだれもが 訪問者の中の若い者、私たちの子どもに対して 熱意を持ってその経験、奮闘の話をしてくださったのが 何よりうれしく、また有難かった。
 何年か前、子どもも一緒に平泉寺をたずねて散策したこともある知人は おみやげにと 黄瀬戸の茶碗[コップ]を子どもに持たしてくれた。
[ のどが渇いたら水を飲め、心が乾いたらお茶を飲め、]って昔から言うんだよ、って笑いながら、、。 とてもうれしかった。 はなれた、一人での生活の中で、またそうでなくとも 若い時は そんな時がきっとあるにちがいない。
芸術においても 学問においても また人生においても 難問は次々と出てくる。多くの人との出会いは そんなときにきっと参考になるときが来る。
 岐阜の知人ともひょんなことから やっぱり あの大萱の随縁の碑のある、牟田洞で知り合った。かれこれもう7、8年前である。それ以来交流が続いてもう 岐阜の人、といえば知人のことである。

 私たちには 桃山陶の再興などというような、大それた目標はないけれど 平凡で穏やかな毎日の暮らしが出来れば十分であると思う。
こういう変化の激しい時代に それさえままならない、大変な時代というのも感じている。凡人の平凡なる日々、を続けれるようがんばりたいと思う。
 おみやげにもらった岐阜の中津川の銘菓を一つ口にしたら しあわせがひろがった。知人の奥さんの話によると お菓子の形は 恵那地方の富士、恵那山[2190m]の形だという。  職人K

okashi.jpg

EDIT  |  20:20  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.15 (Thu)

岐阜県可児市へ  to tell the truth、 織部の絵から

 20071115124458.jpg
 織部のぐいのみ、現代

「本当のことを言うとね、ぼくはね、何だな、桃山時代の陶器はね、特に 織部なんかはね、はじめて日本に入ってきた、ヨーロッパやアフリカなんかのね、南蛮文化の影響がね、とても強いと思うんだね。シナや朝鮮じゃなくてね、それで、、美濃だ何だ、なんて言っていないで 世界の中の ヨーロッパの文化の流れてきた、そしてそれを取り込んでさ、実際にやってみた、自由なのびのびとした表現、その結果としての織部、をね 世界規模の文化遺産としてさ、とらえなくてはいけないと思うんだよね、それで 本当のこと言うと、ヨーロッパから来るときにアフリカの人なんかも乗せてね、、それでやっぱりまた アフリカの空気というか、文化をさ、、一緒に乗せてきたと思うのね、、いろんなことが影響していると思うのね、、それで本当のことを言うと、、]   と、 いうふうに、可児市の知人に案内されて訪問させていただいたお宅で 何かわからないまま家の中へおじゃまして そして 「 どうも、どうも、、]から始まり いきなり 美濃の織部の絵柄についての独自の見解を述べられることから またまた新たな人との出会いが始まった。

知人によると 現役の陶芸作家である氏はちょうど還暦の60歳、現在、この美濃の地で 黄瀬戸における第一人者であるという。
雑誌やテレビにも何回か出ているとのこと、やはり 桃山陶の黄瀬戸に魅せられた人であった。

EDIT  |  18:27  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.14 (Wed)

岐阜県可児市へ  豊蔵資料館 Ⅱ

20071113232143.jpg
 荒川豊蔵作、随縁

 荒川豊蔵の作品の中で [随縁]という銘の作品がある。
昭和5年に大萱の古窯跡で偶然発見したのと同じ筍絵の模様をあしらった志野茶碗だ。
妻、志づに送られたものだという。誰にも譲ることのないように、との遺言であったという。
それほど 豊蔵の深い思い入れのある作品である。とても上品で 美しい作品だ。
 そもそも窯跡で偶然 筍の絵の陶片に出会う以前に 豊蔵は 名古屋の 関戸家所蔵品の中の茶碗でこの絵に出会っている。その出会いの縁、そして再び陶片の同じ絵模様に出会う、不思議な縁、また その窯跡を開いたのは母方の先祖であったという、度重なる縁、この縁に随って 自分の芸術的表現の追及のみならず かつての桃山陶の志野を 現代によみがえらすことが出来たのだ、と豊蔵は語っている。
随縁、この縁に随っての 桃山陶の再興こそが 自分にかせられた歴史的使命であると考えたにちがいない。そしてそれには多くの人の協力、とりわけ 妻、志づのささえがあったからこそ、という。

ところで この地一帯には 多治見地方であるが 五斗巻土[ごとまきつち]という、吸水性があり また焼き縮みの少ない良質の陶土があるということだ。 何年か前に そのむき出しとなった、大きな陶土の層の山を見た事がある。 車で走っていたら ごとまき峠という名の標識もあった。さらに もぐさ土というすぐれた陶土もあるらしい。
これらの条件がまた 桃山陶を産み出した一つの条件でもある。焼き物の産地には 当然そこには良質の土がある。
 荒川豊蔵と並んで ライバルであると言っていいと思うが 同じく桃山陶の再興に情熱をもやした、加藤唐九郎によると 遠く山々の稜線、形を見ただけで そこにすぐれた陶土があるかないかわかってしまうとのことだ。また 実際土を口にして食べてみたりしている。その自伝、[土の炎の伝説]、を読んでみると あまりの研究熱心さ、勉強ぶり、努力の積み重ねにはおどろいてしまう。すべて独学の積み重ねである。荒川豊蔵とてしかり、だと思われる。何事もすぐれたものを産み出し、また高いところへ到達するという背後には それくらいのものがなければ何事も出来やしないということをあらためて思う。

 資料館をあとにして知人の家に向かうはずだったが 時間が十分ないというのに どうしても会わせたい人がある、と知人が言う。 いつになく強引であった。 私たちはまた 私たちの縁にしたがって そこをたずねることにした。 桃山陶のひとつ、黄瀬戸を現在とりくんでいる作家のお宅であった。  職人K

20071113203525.jpg
 黄瀬戸の茶碗、現代
EDIT  |  12:30  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.13 (Tue)

岐阜県可児市へ  豊蔵資料館 Ⅰ

20071112124828.jpg


20071112124802.jpg

岐阜県可児市久々利大萱というところに 豊蔵資料館というのがある。
加藤唐九郎と並んで、陶芸界の巨匠、人間国宝の荒川豊蔵の作品を所蔵、展示公開している資料館である。 
 荒川豊蔵[1894-1985]
大萱の古窯跡で偶然、桃山陶の志野の筍絵の陶片を発見、それを運命的な随縁として考え、以後 美濃地方を発掘調査し 桃山陶が美濃地方で焼かれた事を明らかにし、桃山陶の再興に生涯をささげた。
 年に一回、陶片などを出してきて一般の人に説明、実際に触れたりして見ることの出来る、また本物の豊蔵のお茶碗でもって お茶とお菓子でもてなしを受けることの出来る日が 年に一回ある。
そして 私たちにいつもその日の案内をしてくださる人がある。
ちょうど出かけねばならない用事もあり、今回もその日にあわせて 可児市へ出かけた。
 日本の陶器について語るとき、また それを勉強する人にとって
安土桃山時代に焼かれた、いわゆる桃山陶というのは だれもがたどり着く、またあこがれる、陶芸の世界の 一つの高峰、その頂点であると言っていいと思う。

 20071112124850.jpg
  桃山陶の黄瀬戸の陶片
EDIT  |  00:07  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.10 (Sat)

職人M、哲学の道を歩く

shoukinM.jpg

いよいよ平地でも紅葉が美しい季節、京都の哲学の道も紅葉の始まるころだ。
今日は ピシッと渋いスーツで決めて歩いてみることにしよう。
ステッキに、本をかかえて、、。かつての西田幾多郎先生が歩かれたように。メガネは哲学タイプの丸めがね、いや、今日は コルビジェタイプの太ぶちのメガネをかけて行こう。

 哲学を感じる知性、自由な精神をメガネで表現してみませんか?
 objet optique MA-SA
EDIT  |  11:56  |  めがね関連  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.08 (Thu)

オリジナル丸めがね、紳士用

少数限定版、オリジナル丸めがね、紳士用、 少しずつですが紹介しています。
左のフリーエリアのobjet-optique MAーSAをクリックしてご覧ください。

burogu.jpg
細いリムのめがね  哲学タイプ  2サイズ、3色



burog1.jpg
東京であった「ル・コルビジェ」展のDVDを友人から頂きました。
コルビジェの愛用のメガネも展示してあったそうです。見たかったです。

20071107232241.jpg
太いリムのめがね  コルビジェタイプ  1サイズ、3色

ホームページがまだ完全に整っていません。一部のみにてご容赦ください。
これから充実していきます。不整備のところ、申し訳ありません。
  職人M、 職人K
EDIT  |  00:01  |  めがね関連  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.07 (Wed)

つわぶきの花

20071106235351.jpg

P1010191.jpg


家の外の一角にあるつわぶきの花がいっせいに咲き出した。
葉の形が蕗[ふき]と似ているが 艶があって肉厚である。名前の由来は 艶蕗[つやぶき]が転化されたものらしい。
大好きな花である。 茎などは切って煮てつくだになどにして食用出来る、と人に聞いたけれど 食べたいとは思わない。 もっぱら見て鑑賞するだけである。 2、3本とって 職人Mの作った器に生けてみた。
越前焼き、と言っていいと思うのだが 越前焼きは 土味があって 本当に生ける花を引き立ててくれると思う 。器自体にすばらしく迫力があっても、いったん花を挿しいれると 花以上には 主張しないからだと思う。 そして 野の花や 野趣のある自然の花が 何よりも似合う。つわぶきの花も この花入れの器も とても気に入っている。  職人K

20071106235444.jpg

EDIT  |  10:10  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.06 (Tue)

秋、 それぞれの風景  

20071101234429.jpg
落陽の蕎麦[そば]畑

P1010200.jpg
冬の寒さの中でも育つという、麦


 11月、刈り入れ直前の蕎麦[そば]畑に夕日が落ちて美しかった。  一方、道をはさんですぐとなりの畑では 青々とした麦がすでに やがて来る冬にそなえての準備をしながらひかえて待っているようにみえる。いずれも もともとは水田であり 米の転作によるものだ。 麦の場合は年越しをして 来年の初夏に収穫となる。 もうすでに来年に向けてのスケジュールが組まれていると思うと こちらも 何か あせってしまうような気持ちになってくる。
職人K
EDIT  |  00:00  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.05 (Mon)

art gallery  キルトの模様から

20071104120521.jpg

  
20071104120548.jpg


20071104120604.jpg


20071104120627.jpg

 昨日は 友人のキルト作品展に行きました。どれも力作でした。
小物やバッグの作品の中で 淡い配色の連続模様にとても魅かれました。
 そして 今日 家の外回りのそうじをしていたら こんなところにも、、、昨日の印象がありました。側溝の鉄板や 古くなった、トタンの外壁です。

20071104121047.jpg


20071104121114.jpg


20071104121135.jpg


20071104121202.jpg


20071104121221.jpg

写真をクリックして見て下さい。
 昨日の感性が残っていると 日頃見過ごしてしまうような、こんなものにも何かを感じるものなんだな、とつくづく思いました。 職人K
EDIT  |  07:11  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.04 (Sun)

巨大マネーの潮流  Ⅱ

20071103232318.jpg

 ヘッジファンドというと 村上ファンドのような投資ファンドのもっと大規模なものをいうのだろうと思う。 ごく少数の顧客から、投資口数は 億単位であるという。 一般庶民の私たちからは想像が出来ない。 一般的な公募ファンドに対して 私募ファンドであるからその実体がつかみにくいという。そしてその投資方法はというと リスクをどんな相場においても回避、防御[ヘッジ]できるという、高度な専門的運用によるものらしい。
 そういえばあの時の人、ホリエモンや村上ファンドの人は今どうしているのだろうか。 日本経済がバブル崩壊で大きく落ち込み、その大底から ようやく大きく上昇してきた時であった。 あのときはNHKはじめ民放各局、トップニュースで株を何パーセント取得したとか、企業の買収劇の一部始終をほとんど毎日取り上げて報道していた。 面白かった。 子供から大人まで 日本中が注目して見入っていた。 今考えると おかしな現象だったと思う。 株式用語が次々と出てきて 専門家の解説付きで 一般の人までもがどちらかの応援につくかのように関心をもって見た。
 証券会社の人は このときから証券投資を始める人も多くなったという事で ホリエモンの銅像を建てたいくらいだ、とこの現象をよろこんでいた。 そしてやがて その実体が明らかになり、多くの一般投資家を巻き込んで、行くところまで行って、、、 時が過ぎてみれば 本当にこれからこわいところの 外国資本による、本物のM&Aが いよいよ日本において始まるのである。 専門家によると お調子者のホリエモンなど 外国におけるM&Aから見たら 子供だましのようなものとか。 小泉政権のときに実行された、日本の金融市場の規制が緩和されて だれが望むところのものなのかわからないけれど いよいよ戦略的な外国資本が日本の市場になだれこんでくるのであるとのことだ。
 つい先日 アメリカ最大の投資グループが上陸、早ければ何月からか活動開始と、報道されていた。新たな資金の参入は株価を押し上げるだろうけれど 大事な基幹産業である企業を 巨大マネーでもって投機だけでなく 戦略的に乗っ取られてしまったら 本当に困る。
友好的、純粋投資は大歓迎だろうけれど それ以外、敵対的買収などだと、とても困ることなのである。今後また新たな問題がでてきそうだ。

 それにしても 巻き込まれた投資家には気の毒だけれど あの時は何も実体がわからなかったから ホリエモンが本当にかっこよくみえてしまった。夢を託して見ていたのかもしれない。それほど時の閉塞感があったのだと思う。今も変わらないと思うが、、。
 
EDIT  |  11:11  |  社会経済  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.03 (Sat)

巨大化したマネーの潮流

DSC_4161.jpg

昨日はニューヨーク株式市場の大暴落をうけて 東京市場でもまたまたの全面安だった。今年4番目の下げ幅とか。先月も一度大きな株安の日があった。安部政権のあと 福田政権になって1ヶ月、政治の空白は何とかうまったようだが、政治的不安定という状態はあまり変わっていないように思う。これも これから先 乱高下の一因になるかもしれない。
 サブプライムローンの破綻から端を発した信用不安、金融における先行き不透明感、 その影響が計り知れないことの懸念が相変わらず続いている。 各国の中央銀行の資金投入、引き当てにもかかわらず 世界同時株安が続いている。アメリカやヨーロッパだけの問題で 日本は比較的関係ないのかと思っていたら 企業の中間決算発表の時期とちょうど相まって 出てくる、出てくる、実は、、と大手証券会社などかなりの赤字の見通しになると 具体的に数字をあげて発表していた。あらゆる種類の金融商品、金融分野に投資、取引している実態が明るみになった。
 世界は広い。しかも 通信機器の飛躍的な進歩で 24時間中休むことなく市場が開いている。世界のどこへも投資が可能になった。そしてその当事者として いわゆるヘッジファンドという新顔が出てきて 今、その動きが著しい。 ここしばらく世界の株式が軒並み安く低迷していると思ったら 今度の原油の大幅値上がり、この分野に証券市場から投資先を変えてきていることも 値上がりの原因のひとつという。
 投資の場にとくに1997年ころからひんぱんにその名前が聞かれるようになった。そして このヘッジファンドというものが あらゆる市場に出てくるようになってきた。この実体というのはなかなかわかりにくいが 投資というより まったく投機的意味合いが強い。投機そのものであるのかもしれない。 一時は 国債がからんでか 一国の通貨にまで及び、アジアの通貨危機、ロシアの通貨危機にまでおよんだことは記憶に新しい。 タイのバーツなど 国中の人が一体となって 資金量が一国の国家予算にまで匹敵するようなヘッジファンドと戦ったという記録のドキュメンタリー、特集番組を見たことがある。
 世界で次々と生まれる余剰資金、それは巨大な投機資金となって 株や債券、為替の金融市場はもちろんのこと 普遍の価値を持つところの金市場に、また世界的な需要がみこまれれば 石油、金属、小麦、とうもろこしなどの商品先物市場に、、投機のほこ先を求めて うねりをもって動いていく。その資金量、マネーの大きさは 巨大さを増しに増して だれにも制御できなくなっているように感じられる。本当におそろしいことである。
 30年くらい前には 株価は 企業の6ヶ月先を読む、と言われたものだ。今はどうだろう。ヘッジファンドの行き先いかんで 業績など経済の基礎的要因とは全く別の要因で影響されることが多い。

 石油資源が限りあるものとはいえ、原油高が続けば産油国のオイルマネーが、また経済発展を続ける中国においては 毎年8000万人の億万長者が生み出されるという、富裕層のマネーが 投機のほこ先を求めて 世界のどこかにむかっているというわけだ。

 商品の価値の尺度として、流通の手段としてあった貨幣が 今 私たちの手をおおきくはなれて 巨大なマネーとなってのしかかってくる、いつか私たちの生活の根本までおぴやかしてくるような、そんな気がしてならない。
 
このヘッジファンドというもの、まったく遠いところでの 一般の私たちには関係ない話かと思いきや、先の証券会社の発表の話と同様、多くの金融機関も 私たちの年金を運用している年金基金など機関投資家まで やはり何らかの形でおおいにかかわっているというから また考えてしまう。  職人K
EDIT  |  10:00  |  社会経済  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.11.01 (Thu)

新登場  ビタミンカラーの、パステル丸めがね

20071031232422.jpg

いよいよ11月になりました。
オリジナルめがねが やっと出来始めました。
これから少しずつ ホームページobjet-optique MA-SAにて発表していきたいと思います。
一度 ご覧ください。
まずは ビタミンカラーのパステル丸めがね、女性用から。
カラーは4色、2サイズ、少数限定。テンプルにはかわいい模様がはいっています。
職人Mのマーク入りです。

20071031231507.jpg
パステルブルー色の丸めがね

20071031231755.jpg
パステルオレンジ色の丸めがね



EDIT  |  00:01  |  めがね関連  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
 | BLOGTOP |