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2007.10.30 (Tue)

日本の青空    Ⅲ

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 日本の敗戦後 60年の月日が流れた。
その間に 見事に 日本は アメリカナイズというか、今日 人びとの生活は大きく変化した。 生活スタイルから 生き方までも。 現代という時代に向かってそれは世界共通のことかもしれないけれど パンにコーヒーの食生活、生活のうえでも横文字があふれにあふれている。西洋の音楽、文化、スポーツにもおおいに親しんでいる。ひとつのあこがれだったかもしれない。米国のもたらしてくれたものは 戦略であったかもしれないが また 友好、交流の証でもある。
 しかしながら 今の米国はどうだろう。米国とて変化してきている。
建国200何十年にして 自由と民主主義を歌い文句に 世界のあらゆるところに影響力をもち、世界で一番強い国ではあるけれど ゆくてにあまりの多くの難題をかかえ過ぎている。 世界の基軸通貨であったドルも ユーロという通貨が現れたことで 今後新たな戦略が必要になってきた。石油という資源も何年か先には枯渇するということがわかってきた。
米国は 今も昔も 覇権国家、戦略国家であることは変わらない。
世界で一番でありつづけるためには多くの犠牲を必要とする。

 日本国憲法、当時それは米国主導であったかもしれないが 当時の 今の時代の日本人にはないもの、を持った日本人によって 当時の日本人の切実なる想いで作られたものだ。今こそ その作られた意義をもういちど考えるべきだと思う。当時の日本人には何より 今にはない、日本人の誇りというものがあったのでは、と思う。
 
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2007.10.26 (Fri)

日本の青空  Ⅱ

日本の青空、の中でも描かれていたが 米国の日本に対する情報収集というのには本当に驚いてしまう。映画の中でも GHQの将校がすでに本国にいた時に 鈴木安蔵の憲法についての論文を読んでいる、と言っていた。どのあたりのだれが特にすぐれているか、ということを確実につかんでいる。そして自分たちが求めるところのベストのものに持っていくべく導いていく。日本の敗戦が決定する前に ずっとそれ以前から終戦後を見据えて準備している。

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 以前に読んだ本にも そのことが書いてあった。
GHQの将校の中に 言語学者がやはりいて しばらくの間に日本語を勉強し、集まった日本人相手に 日本語で演説さえしている。[ あなたたちは 源氏物語、というすばらしい芸術を持っている、、それが愚かしい戦争をしてこういう結果になってしまったが 自信をもって再興せよ、、] という日本語での演説だったという。 A・ハルパ-ンという。 それを聞いて [源氏物語、とあなたは言うが この中で何人読んでいると思うか。ほとんどいない。]と言って 会場の中で手をあげてもらったら 2、3人しかいなかったということで 将校はひどく怒ったが あと呼び出しが来て いろいろこれから教えてほしいということで 大変仲良くなり、東北から 後に京都大学へ行く事になる、フランス文学者の桑原武夫の話だ。
 また 30年前に話題になった、[菊と刀]の著者のルース・ベネディクトは一度も日本に来ずに 捕虜から聞いた話から これを書いているとのこと。眼光紙背を徹す、という言葉があるけれど 書物を読むだけで それだけのことが見抜けるものかしらん、とつくづく思ってしまう。
 当時のGHQの将校でさえそんなレベルの高さ、本国での学者は ベネディクトのように、かなりの研究をしていることがわかる。日本のことを知り尽くしていて 当然日本語も自由に話せ、演説さえしてしまう、そんな人がたくさんいたと書いてあった。
 そういえば GHQの持っている日本地図に こちらの武生「現、越前市]にある、日野山の標高795mまで記されていたと 聞いている。 福井市は戦災にあったが 歴史の古い武生市は戦災をあえてまぬがれているとのことだった。 越前地方で国府のあったところは武生市である。それほど古い時代にまで調査、研究がなされているとのことだった。それが全国各地についてもである。。
 京都、奈良が残されたのは当然といえる。

 つい先日の新聞にも こんなことが載っていた。
1950年代に 日本の左傾化を恐れた米国が 日本で行った世論工作、当時左派勢力が強かった京都大学の教授陣を対象にした反共工作、また映画やラジオ番組の制作を通じて ひそかに米国の望む方向へ誘導していく実態が明らかにされている。このことは たまたま公文書館で見つかったものかもしれないが 米国のおもしろいところは 30年すると 内部秘密であったことが 公開されるという点だ。
普通ならトップシークレットは闇から闇へ葬り去られてしまうはずなのに。 米国はちがう。 ついこの前は 沖縄返還のときの密約が公けになった。

 今、のことも30年後にはすべて明らかにされるということだ。
そんな時が来ても その時には すでにあまりに月日が流れすぎていることになる。50-60歳代はもう80-90歳代である。ちょっとおそすぎる。ああ、そういうことだったのか、と思う日が来るのだろうか。     職人K
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2007.10.25 (Thu)

映画 「 日本の青空 」 

 昨日は 映画[ 日本の青空 ]試写会に参加して、見てきた。
 日本国憲法については 特に第9条について 改憲か、否か、 論議されているところであるが 何より その憲法がどのようにして誕生、制定の運びとなったのか、知るうえで とても良い映画だった。 論議する前に まずよく知らなければ始まらない。 特に 私のような 無知なものにはなおさらだ。

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2007.10.24 (Wed)

芸術家である自然、 それをとらえる芸術家

 しらび平付近を散策中、これはオオカメノキかな、と思うけれど 色づきはじめた紅葉をみつけた。 何と素晴らしい芸術。 この紅の色の濃淡、いったいどのようなからくりで出てきたのだろう、と考えてしまう。 素晴らしい配色だ。 科学的な分析など聞きたくない。
まるで 自然界の神が 自由に描いているような色づかい、 つくづく見入ってしまった。
 
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 つい最近になって 私もデジカメなるものをプレゼントしてもらった。
写真は それを趣味とする人の、あるいは専門家である人の分野、私の出番など一生こないと思っていた。それが 今日のデジタル革命、写真の分野においても 写し方の根本から今までとは全く異なる方法が出てきた。 20、30年前には だれが想像しただろう?
いわゆる 今一番新しい、三種の神器といわれるものの一つである。
いろいろ 理由はあるが かくして 一般の主婦のような、私にまでゆきわたってきたのである。
いとも簡単に、お手軽に、何度でも、自由に、、、思いつくまま、いろんな名場面を、また予期せぬような場面をとらえることができるようになったのである。 はじめは面白半分で、、おそるおそる、、が いつのまにか どこへ行くにもお供するようになってしまった。
 そして デジカメを手にした私はもう芸術家になっているのである。
また その これまでの 一部始終を そばでニヤニヤしながら見ている人がいるのであった。    職人K
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2007.10.22 (Mon)

中央アルプス、 駒ヶ岳ロープウェイへ

 音楽会の翌日は 中央アルプス、駒ヶ岳へ向かった。
といっても 町内の親睦会行事の参加である。早朝7時出発。天気は快晴。バスにて長野県駒ヶ根市へ。駒ヶ根I.Cで標高770m、こちらの越前富士、日野山795mとほぼ同じくらいの標高だ。
昼食を済ませ、バスでしらび平1662m、のロープウェイの駅へ。
順番待ちの人、人、人、1時間30分待ちのその間、付近を散策。大きな滝あり。ロープウェイで約8分、3時30分、駒ヶ岳千畳敷駅2612mに。
約1時間、千畳敷カールを散策。すでに日没にさしかかっていた。
帰りもかなりの順番待ち、降りて帰路に、福井には9時20分着であった。
 山頂付近は 遠くから見たとおりの雪化粧でおおわれていた。
昨日までの天気とうってかわって 富士山まで見えるという、雲ひとつない好天にめぐまれた。
日頃、近くに住みながら なかなか顔を会わすことの出来ない人たちと一日を過ごし、交流をあたためることが出来たと思う。ほとんど他力を借りての登山ではあるが 待つ、という点においては 人によっては 苦難と忍耐の登山であったかもしれない。
景色はとてもすばらしかった。   職人K

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 しらび平付近の滝

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 千畳敷カールでの散策

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岩の上に見つけた、だれかが作った雪だるま、
 

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ただ一人、短い時間の間に 頂上付近まで登って下を見下ろす、職人M

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おみやげの松川りんご
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2007.10.21 (Sun)

ケルトの音楽

 昨日は 福井県の音楽堂、ハーモニーホールへ ケルトの音楽を聴きに行った。
前日になって知人から急にいただいたもの。 ここ数日忙しくて 行く間際までちょっとくたびれていた、私たちにとっては とても有難いプレゼントとなった。  帰り道には心も体もはずんでいた。
 日々の生活の中で こういうふうな場所は滅多に行かない。 なかなか縁の無いところ。 立派でちょっと目立つその建物は 黒川紀章によるもの。 福井には黒川紀章の設計によるものが多い。知っているだけでも3つ、4つはある。

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福井の音楽堂、ハーモニーホール

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ファンと語る、カルロス奏者

 ケルトの音楽というのは 紀元前のヨーロッパに栄えたケルト人による独自の文化を今に伝えるもので 主にアイルランド、スコットランド、スペインのガリシア地方、フランスのブルターニュなどで今日に伝えられる音楽だ。
 特に器楽曲はダンスのための曲で、短い、軽快なメロディがくるくると何度もくり返される曲。 古代ケルトの紋様として有名な螺旋が その音楽にも現れているという。 よく使われる楽器は 
フィドル、バグパイプ、アコーディオン、ホイッスル、など。
 今回はそのガリシア出身である、カルロス・ヌニェスがおもにバグパイプを演奏。4人編成での器楽演奏だった。
 静かなゆっくりしたメロディーは何か哀しい調べ、 軽快な調子のものは そのまま踊りだしたくなるような、手拍子を伴なうような、ダンスの曲だ。 エンターティナーであるカルロスと 美人で健康的なスタイルのフィドル奏者、ニーヴ・ニ・カラという女性が加わって 聴いている人までいつの間にか乗せられて立ちながら手拍子をおくって楽しんだ。
 もちろん 何もかも はじめてのものだったが わくわく魅力的な音楽会で 古い表現だけれど フィバーしてしまった。 もっとも 音楽にはかなりくわしい、職人Mの解説付きであったからなおさらだった。     職人K 
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音楽堂に飾られている、デュフイの絵、
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2007.10.19 (Fri)

さつまいも      What time is it now !

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この秋、友人の一人から こんなに立派な、大きなサツマイモをいただきました。
イモのジクも一緒に、しかも お忙しいでしょうから、とちゃんと皮までむいて。 有難いことでした。
おイモも ジクも煮物にして とってもおいしかったです。
 さて こんな立派なおイモを見ていると 中学生のころの、
こんな 時間を聞く、英語の丸暗記文を思い出します。

Bobがイモを次々と掘り起こしています。
taro、[ Hi、Bob! ]
bob、 [ Hi、Taro!]
taro、 、、、うーん、りっぱなイモだな、、、(@_@)
bob、 [ 掘ったイモ、いじくるな!!]
taro、      、、、あれっ、Bob、いつのまに 日本語をおぼえたんだい? 、、、(?_?)
taro、[ Sorry、、見てるだけさ、、]
bob、 [ Taro、once more、 What time is it now!]
taro、、、なぁーんだ、時間か、(^_^.)
taro、[ 3 p.m.!!]
                   職人K  
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2007.10.17 (Wed)

セイタカアワダチソウ  と  ススキ

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 セイタカアワダチソウ

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 ススキ

 あちこちでセイタカアワダチソウの黄色の花がいっせいに咲き始めた。一歩外へ出てみると川の堤防沿い、空き地など 遠くから見ても かなりのところで黄色になっている。福井県の高校の研究グループの先生たちの20年にもおよぶ継続調査がなされている。今朝の新聞によると その間で アワダチソウの空白域が59%から24%に減少しているという。どんどん領地を広めているとのことだが この勢いはどこまで続くのだろうか、と考えてしまう。

 セイタカアワダチソウは 北アメリカ原産の帰化植物で 戦後になって急にふえだしてきたもの。一部の養蜂農家によって持ち込まれたのでは、という説もあるそうだがよくはわからない。 一時、花粉症のもとでないかといわれたが 濡れ衣であって そうではないようだ。生育分布のあまりの広がりように いまだにそう思い込んでいる人が私のまわりにもいる。 まさに わが世を謳歌している感があるが 専門家によると それでも 花、背丈などは 何十年前よりだいぶ小さくなっているとのこと。当初は4メートル以上あるものもあったという。そして 一見 勢い止まらずのようにみえる、このセイタカアワダチソウなのだが やがてまた 他の植物にとって代わられる運命にあるようだ。また何十年かけてということだが。
 その植物とは ススキ、オギなどであるという。
セイタカアワダチソウは 日本で 地表より50cmのところの栄養をとって繁栄し尽くしてきたが 今後 モグラ、ネズミなどが少なくなって 生物と土との関係に変化がみられ、栄養分の蓄積される深さが昔と変わっていくのではないかということだ。そして
セイタカアワダチソウが何十年かけて生育してきた、その住み易い土壌に作り変えた環境は こんどは昔からあるススキにまたとても住み易い土壌でもあるがため、今後はススキが優勢になるのでは、とのことだ。近年、ススキが特に入り込んでいるのが目立つとのこと。

そうであるなら 植物の世界においても まるで人間の世界のようで、
盛者必衰、主役交代の時はやはり訪れるようである。

                         、、、 職人K
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2007.10.14 (Sun)

西田幾多郎  Ⅳ  追記

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 西田幾多郎のことをいろいろ考えていたら 昔、聞いたことのある、小林秀雄の講演での話を思い出した。それは 学問における対話と雄弁、そして自問自答についての話だ。やはり西田幾多郎の門下であり プラトンやソクラテスの西欧の哲学を紹介し、古典研究の第一人者である田中美知太郎という学者が続いて出てくるが 西欧の古典哲学においても 「対話」の重要性ということについて説いているということ。文字にたよるのでなく、心を開いて 信じて 語り合う時、そんな時にのみ 火花のように生きた知恵というものが 飛び交うものであると。ディアレクテーク、つまり対話、日常会話である。それに対して レトリック、つまり雄弁は 相手を説得するための術であり、それは利益につながるものとして 哲学の真理とは全く関係ないものになってしまうということ。ソクラテス、プラトンの時代から同じであるという。
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2007.10.12 (Fri)

丸メガネと人  西田幾多郎  Ⅲ

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 西田幾多郎と京都学派

 いわゆる京都学派として知られる、今日のいろいろな分野での自由な学問の気風、その功績については 一般にもよく知られているところである。
若いころ、[碩学に聞く]という対談形式の文庫本を読んで
学問の世界に身を置く人の話の面白さに非常に魅かれたことがある。
 それは 桑原武夫を中心とした、それぞれの分野での顔ぶれであった。学生時代には来日したアインシュタインを案内したという西堀栄三郎、中国文学の貝塚茂樹、あと今西錦司、、らである。
その学派の流れは 当然 あと湯川秀樹らの名前が出てくるのであるが それらはすべて戦後の話である。
 戦前において 前期ともいうべき 京都学派の土台を形成したのは 西田幾多郎らであり、ドイツの影響が大きい、哲学の分野からであった。西田は 全国から 多くの弟子、門下生を 京都大学に呼んでいる。 田辺元、和辻哲郎、九鬼周造、、、らである。
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2007.10.10 (Wed)

丸ネガネと人     西田幾多郎  Ⅱ

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西田幾多郎という学者は 自分の生涯を黒板を軸にした、わかりやすい単純な人生と語っているが 幼いときから自身も病気にかかり、家も傾くという、波乱万丈、また結婚の後も とくに家庭においては 次々と妻子が病気やら、先に亡くなるという不幸に見舞われ、学問の華やかな成果、大学での功績とはうらはらに 苦難にみちた悲惨な時期が多かったようだ。そんなことを西田は、
[ 我々の最も平凡な日常の生活が何であるかを最も深く掴むことによって最も深い哲学があるのである。]とし、[ 哲学の動機は 驚き、ではなくして深い人生の悲哀でなければならない ]としている。どんなにつらい時でも思索と学究の日々、逆にそのことがまた自身の哲学を推し進めることの結果になったようである。

[ 寸心の思想 ]
人間はひとりひとり小さな心を持っている、その小さな心が大きなことを考え、大きなことを作り上げて行くのであるから、その心をそれぞれ大切にしなければならない、という意味だ。その思想から 48年間 毎日[ 寸心日記 ]を書き記している。孔子の言葉に
[我、日に三度、省みる]というのがあるけれど その実践の記録である。
 西田幾多郎という人は 人がらだけでなく生活や学問の上でも[誠実]な人、それゆえにまた自分にもきびしい人だったようである。
また 飾るということの全くなかったという人、李登輝の書いたように まさに
[誠実自然]の人であったのである。
 
 
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2007.10.09 (Tue)

丸メガネと人      西田幾多郎 Ⅰ

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 昔はメガネといえば 丸メガネしかなかったのだろうが 常々 知識人といえば丸メガネ、学問する人を象徴するものは丸メガネであると、考えていた。
 西田幾多郎、湯川秀樹、中島敦、菊池寛、、、ざっと私の知っている範囲で思いうかべるだけでも数多くある。 書物を読むのには目を使う、しかも一般の人よりはうんと酷使してしまうはずだから当然だろうが、それにしても 何と その人と丸メガネがしっくり調和して一体となってなっていることか。そして それがとてもよく似合っていて その人格までが そのメガネをかけた人物全体像に映ってみえるように思う。
 丸メガネにはそんな不思議な魅力がある。
 
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2007.10.07 (Sun)

ぴっ、ぴっ、ぴー 今日[こんにち]の通信料

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 今日の家計支出の中で相変わらず主なものは食費である。[食べる]ということは 生きていくためにまず基本、今も昔も変わらない。
そしてそれはエンゲル係数によって 家計の余裕のあるなしが判断される。節約しよう思えば 梅干とごはんのみでも 自分一人の生活なら 意志次第で何とかやってはいける。そして大体いくら、というのも見当がつくものだ。
 ところが現代人で 昔とちがって大きく支払っているもの、それは 通信代であろう。 しかもそれはいくらになるのか、請求書が来るまでわからないものだ。
 この夏、ケイタイを新しいものに変えたところから全てが始まった。
便利な機能がたくさん付いている。写真にビデオに音声録音まで。さらにそれをパソコンに送ったり、他の人のケータイにまでそのまま送れる機能が付いている。我が家では いつも古いまま命のある限り使い切ることになってしまうので その結果 新しいものを買うたび 何においても あまりの進歩の度合いの大きさにいつも驚かされる事になる。 
 この歳になると 通信機器の操作手順を覚えるだけでも一苦労だが 覚えてしまうと今度はうれしくて どんどん便利な操作をし続けてしまった。 次から次へと アイディアもうかんでくる。
 本当に便利な世の中になったものだ、と感心しながら いつでもどこでもお手軽にこれ、という場面をとらえて すぐさま パソコンに送っていた。
 ところが請求書がきてびっくり。 なんと高額な名場面であったことだろうと思う。 そういえば 私たちのパソコンの先生である、友人が いろいろ指導していてくれていたのに。 はじめから負担の少ない方法を。 さらにスカイプまでつけて 直接どんな質問も聞けるようにしてくれたというのに。 恥ずかしながら 全くもって 画像を送ったりするのにお金がしっかりかかることに、 通信代について 無知であった。また説明書をみたとしても 容量、サイズなど 具体的にピンと来ないにちがいない。 この操作には これだけ料金がかかります、といちいち表示はしてくれない。
 田舎ものが 東京など都会へ出かけて 銀座などの一流どころで飲食して そこには何にも値段がついてないけれど あとで請求書を見て 目が飛び出るという、事態に似ている。
 そういえば 子供がパケパケって パケ放題、ってこのことだったんだ、っいう始末であった。
 もちろんすぐに料金形態を見直してもらった。
それにしても 便利さの請求書は高くついてくる。しかも一人一人にである。何十年前には 家一軒にくる電話料だけだった。
 今日のテレビで 生命保険の不払い件数のあまりに多いことから 新規の成約件数が減少しているというニュースが流れていたが これは 不祥事が原因ではなくて 若い世代では 先の不安のことより この通信料のほうが差し迫った大きな支出となっているからでは、と思えてきてしまう。       職人K
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2007.10.04 (Thu)

NHK番組 魯山人と器

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 昨日NHKで魯山人の特集番組があって 楽しみに待っていて見たけれど 期待に反して ちょっとがっかりだった。
 私の知る限りであるが 魯山人の天性の 直感ともいうべき、審美眼というか、美的感覚というのが伝わってこなかった。
[ うつわ ]ということが特集だったけれど 魯山人にとって 料理のうつわが最後に行き着くテーマだったとは思えない。
 また 多くの人に 人間的に認められない、どころか、人格に欠陥があるのではないか、とまで言われている現実と 天才的とまで言われる美的センス、能力の持ち主であることのギャップについても、、、。

 
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2007.10.03 (Wed)

秋景色にさようなら

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 秋の風にゆれるススキ

 我が家の横には雑草ばかりの広い空き地があります。もちろんよその土地です。昔は織物工場があって もうほとんど使われていないところへ 何年か前に日本中に大きな被害を残して通っていった台風19号でかなり痛み、それを機会に全部壊してしまって そこが 広い空き地となったのでした。 もう15年くらい前になります。 当時は明るくなりすぎて落ち着かなかったものです。 それが時間が過ぎるにつれて 草がはえ低木が育ち いつのまにか緑の原っぱとなりました。所有者の依頼で年に2回ほどは草刈がなされていますが すぐに復元、今の時期なら ススキ、萩、ヨメナ、セイタカアワダチソウ、また低木のうるし、桐までがいつのまにか育っています。
 世間でいわれるような、土地の有効利用というのは全くなされてこなかったので 隣に住む私たちにとって どれだけ有難いことだったかわかりません。 特に 私にとっては 朝に夕に ここを眺めながら季節を感じる大事な場所です。 時々、生け花用にススキなどを頂戴したりして 奥まで広がる緑のこの雑草地があることをとても気に入っていたのでした。
 ところが今日、突然 チェンソーの音のような、草刈機のさわがしい音がして、外へ出てみたら 次々と雑草を刈っています。しかも2人がかりで。あ、あ、あぁーって。
 ひと昔まえ、北海道の木を切らないで、という運動があり 熱心な女性活動家が 大木をかかえこむようにして[切ーらないでー]と叫んでいる光景を思い出しますが まさにその気持ちでした。 よその土地なので 何も言えるわけありませんが とっても悲しく、さびしいです。
 朝までは ススキが秋風にそよそよとゆれて風情があったのでした。

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 開花を直前にひかえたセイタカアワダチソウ

 草刈作業は 夏にあったばかり、すぐにまた 緑は戻ると思いますが、今回は あまりに急いでする作業、ひょっともしたら 長かった雑草天国に永遠にさようなら、いよいよ 土地の有効利用の始まりかと思うと 心配でなりません。     
 たとえば今までは空いている汽車に乗ってのんびり旅を楽しんでいたようなもの、ところが急に人がたくさん乗り込んできて 隣の席までだれかがすわり、もう人のほうが気になってそわそわ、旅を楽しむどころでなくなる、というような事態になったらどうしようと、また 乗り込んできた人もこわそうな人だったりして、、とあれこれ考えてしまいます。                  職人K

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 あっという間に秋景色が消えて。
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2007.10.01 (Mon)

いよいよ10月

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 いよいよ今日から10月、萩の花が美しいころ、秋となりました。
2、3日前からぐっと気温が下がって肌寒いくらいです。

 新しい福田内閣も発足しました。とりあえず 政治空白も埋まりました。政局も一応安定したということで 今後に期待して見守りたいところです。
 郵政事業の民営化もいよいよ今日からスタートです。
まだまだ先と思っていたけれど 確実に日にちというものは来るものですね。
 政治的資金の使い道も1円単位まで領収書を明記するということで 今後の方向も決まったようです。主婦の家計簿ではないのだから そこまでやらなくてもよいのにと思いますが、今は 政治的信頼の回復が大事だからということでしょうか。見守る私たちの側も あまりに小さなことに目をむけず、大事な国家のための仕事ぶり、結果のほうに目を向けるべきだと思います。

 ミャンマーの民衆の抗議デモへの銃撃、力による制圧、日本人の犠牲者が出る、という事件も起きました。早速就任した、高村外務大臣の強い抗議の声明が報道されていました。日本はミャンマーに対して 中でも ODAにより多くの経済援助をしている国、今回のことでは他国のどこよりも抗議するべき当事国です。 次々と難しい問題が起きてきます。 新しい内閣が出来ていてよかったです。
これから先 やがて 時期をみて 巨大中国に向けて アメリカが迫っていくであろうところの、民主化という、人権の問題ですが まずそのために 今回のミャンマーの民主化についての問題、各国の対応が気にかかるところです。
 アメリカや欧州各国はすぐに国連を通じ 制裁措置も含めてミャンマーに強い抗議声明を出しましたが 中国やロシアはどうでしょうか。中国においては報道はされていなくとも 毎日各地でかなりの数の暴動が発生していると聞きます。土地収用法や 国営事業の行き詰まりなどに関してです。両国はいずれも 反体制に対しては 力で抑えるということをくり返してきており ミャンマー当局と同じことをしてきました。両国にとっては ミャンマー当局に同情する面も多いはずですが
中国は近々オリンピックの開催を成功に導く、という大事業を目前にひかえています。
 政治というものは つねに 自国と 各国の思惑が重なる国際社会との関係をつねに調整しながら 自国の国益に導いていく、という、難しい仕業ですね。 だからこそ 政治家には 高度な政治的能力、駆け引きの手腕が必要とされる訳をつくづく感じます。 また 相当 肉体的にタフでないと やっていけないのでは、と思います。ともすると自滅に追いこまれるのでは、と思われます。 職人K
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